日本パデルアカデミー

テニスとスカッシュのハイブリットスポーツ、パデル。 パデルは40年ほど前にスペインで生まれたスポーツで、欧州や南米を中心に親しまれており、本場スペインではテニス人口を上回る競技人口をもつ人気スポーツとなっています。 「パデルが上手になりたい」という方のお役に立てれば幸いです。

パデル テニス スカッシュ スペイン 虎の巻
パデル虎の巻、完成しました。

副題を「オジサンでも3年で日本一になれる方法」としたので、内容をだいぶ加筆・修正しました。

スポーツで上達を望む際、目に見えるもの・目に見えないものどちらも大事ですが、今回は目に見える部分より「目に見えない部分」にボリュームを割きました。

同じ練習内容、同じ練習時間なのに強い人と弱い人がいる、これはまさに目に見えない部分の差です。

紙媒体では目に見える部分を伝えるのは限界があるので、目に見える部分を知りたい方はコートでお待ちしています。


まだまだ書き足りない部分があるので、今後もこの虎の巻加筆していきたいと思います。

今回はクラウドファンディングのリターンという形でしたが、加筆していつかパデルの本として完成させたい気持ちになりました。

そしてこのリターンのおかげで分自身のパデルの知識を再確認する良い機会になりました。

ということで支援していただいた皆様には二つの意味で感謝しております。

改めてご支援ありがとうございました。

パデル テニス スカッシュ スポル 一万時間の法則
久しぶりに感銘を受ける本に出会いました。

スポーツに限らずどの分野でもこの「才能vs努力」論争というのは尽きません。

「一万時間の法則」を読んでは努力に傾き、「スポーツ遺伝子は勝者を決めるか」を読んでは努力だけではさすがに抗えない部分もあるのかと少々落ち込みもしました。

ですがこの本でかなりすっきりしました。

結論から言うと「努力がすべて」ということでした。



生まれつきの才能で超一流になった人などおらず、またトッププレーヤーに共通の遺伝的特徴なども存在しない

長期間に渡る厳しい練習をせずに並外れた能力を獲得したと断言出来るケースには一度もお目にかかったことがないと断言できる

これまで生まれてきたいわゆる「天才」たちに対して、生まれつき才能があったと結論付けるしかない、という証拠は一つもない

自ら選んだ分野で十分な練習を積み、一定の能力レベルに達した人の間では、誰がトップとなるかを決定するうえでなんらかの遺伝的能力が影響することを示すエビデンスはない

「生まれつき才能がある人」を特定する方法は、いまだ誰一人見つけていない



もちろん「ただ努力する」だけではダメで、しかし限界的練習を継続すれば「誰でも」エキスパートになれるという内容でした。

限界的練習とは簡単に言うと、「自分のコンフォートゾーンの少し外側で練習すること」で、練習時常に脳と身体に負荷をかける練習法。

映画のトップガンのように自らを半強制的に「デンジャーゾーン」に身を置くということ。(実際も映画の内容に近いトレーニング内容だったそうです)

これをし続ければ誰でも自分の分野でエキスパートになれると説いている。

その分かりやすい例として、腕立て伏せの世界記録10507回連続という数字を挙げていた。

その限界的練習のやり方や根拠が載っていて、しかもそれは特別なものではないのが素晴らしい。

誰でも出来る。

ただ一般的に人は「快」を求めて日々行動するので、自ら「不快」と感じるゾーンに自分を持っていくという部分が難しい。

リフレッシュのためにパデルしに来たのに、脳にストレスがたまる
気持ち良く汗流しに来たのに、筋肉痛が起そうなぐらい身体的にきつい

これが嫌だから自分の心地良いコンフォートゾーンの中でプレーする。

気が置けない仲間とプレーし、疲れたら休む。

残念ながらこれでは成長は見込めないのだ。

もちろんすべての人が上を目指さなければいけないというわけではないが、著者は「たとえ自らの分野の最先端に到達出来なくても、自分の人生を主体的に選び、能力を高めていくという挑戦を楽しむことは誰にでも出来る」と言っています。

はないちもんめの歌詞にも出てくるじゃないですか、「挑戦しよう、そうしよう」って。


冗談はさておき、文中の、

「限界的練習は本質的に孤独な営み。上達出来るかは自分一人でどんな練習をするかにかかっている」

という言葉に救われたのと同時に、改めて身が引き締まる思いがしました。


パデル テニス スカッシュ ラケット スポル 品川大井町

「うわ、なんだこれ、めっちゃ簡単にボールが飛ぶな」

これは私が初めてパデルラケットでボールを打ったときの感想です。

それまでテニスを二十数年やっていましたから、比べようとしなくても無意識にテニスラケットでボールを打ったときと比べてしまいます。

もうかなり昔になりますが、テニス界に「デカラケ」「厚ラケ」が登場して以来、テニスラケットは常に進化を続け、今ではかなり「簡単に」テニスが出来るようなラケットが発売されています。

「簡単に飛ぶ」「簡単に回転がかかる」テニスラケットがたくさんあります。

そしてそれに伴い技術も進化していきます。

ウッド→スチール・アルミ→グラファイト→カーボン・・・とテニスラケットの素材は変遷を遂げてきました。

これに伴い、ウッドラケットの時代ではコンチネンタルだったフォアハンドストロークのグリップも、今ではセミウエスタン~ウエスタングリップが主流となっています。

なぜこのようにラケットが高耐久性・軽量化してくるとグラウンドストロークのグリップが厚くなっていくのか。

それは一言でいうなら「ボールが飛び過ぎてしまうから」です。

ボールが飛び過ぎないようにする方法は大きく分けて二つ。

スイング自体を遅くて小さいものにしてボールが飛び過ぎないようにするのが一つ。

もう一つはボールに順回転(トップスピン)をかけてコート内に収めるように打つ、というのがあります。

ウッドラケットに代表されるような昔のラケットの場合、「重くて飛ばない」という特徴があったため、ボールを「(遠くに)飛ばす」必要がありました。

テニスには大きく分けて球種が三種類(トップスピン・フラット・スライス)ありますが、一番遠くに飛ばないのがトップスピン。

次いでフラット、スライスとなります。

当然ですが一番使用頻度の高い球種に合わせて技術(グリップ)を作り上げていきますから、自然とグリップはコンチネンタル~イースタングリップのような薄いグリップで握ることが主流となる。

ラケットに「重たくて飛ばない」という特徴があるため、「ゆっくり大きなスイング」で打つフォームになる。

一方現在のテニスラケットは「軽くて簡単に飛ぶ」という特徴があるため、ウッドラケットで打つときのようなゆったり大きなスイングをしてしまうと簡単にボールがベースラインを超えてしまいます。

なのでボールにトップスピンをかける必要がある。

だからグリップがセミウエスタン~ウエスタングリップのような厚いグリップが主流になってきているのです。

(なぜフラットやスライスを中心に打つ場合はコンチネンタルグリップで、トップスピンを打つ場合はウエスタングリップが良いのか)

そしてゆっくり振っていてはガットにボールをひっかけながら打つことが出来ないので、速くスイングする必要があります。

速く振ろうと思ったらスイングの回転半径は小さいほうがいいので、現在のテニスラケットでボールを打つ場合、「速くて小さいスイング」を心掛けたほうがいい。
パデル テニス スカッシュ ラケット スポル 品川大井町
ここからやっとパデルの話に移る。

今現在パデルをやられている方々の中で、以前はテニスをしていた、もしくは今もパデルと並行してテニスをしているという方は少なくない。

これは今後もしばらくは変わらないように思う。

そうすると、「ウッドラケットの頃を最後にテニスはしていない」という人を除いて、ほとんどの人が簡単に飛ぶラケットでのテニスを経験している。

そういった人がパデルをすると必ずと言っていいほど、「強く打とうと思ってないのにボールが強くなってしまう病」にかかります。

「速くスイングすること」
「強くボールを打つこと」

が身体に染み込んでしまっているからです。

テニスではそういった技術を求めて練習に励むので当然といえば当然です。

パデルではどういったスイングは求められるかというと、一言で言うなら「ゆっくり小さなスイング」が必要です。

現代テニスのようにトップスピンを猛烈にかける必要も(またメリットも)ないし、ウッドラケット時代のテニスのように技術でボールを遠くに飛ばそうとしなくても、パデルラケットは勝手にボールを飛ばしてくれる。

となると、先ほどのゆっくり小さなスイングというのがしっくりきます。

ここまで読んだ多くのテニスプレーヤーの顔が曇っているのが見て取れます。

「それじゃあ強く打てなくね?」

言葉に出さずとも顔がそう言っています。

「ゆっくり小さなスイングで強く打つ」、これがパデルの技術全般に通底するキーワードだと私は思っています。


そしてこれはテニスの頃から「レッスンあるある」でしたが、ショートラリーやボレーボレーに代表されるようなハンドアイコーディネーションやグレーディングの調整を兼ねた練習メニューをする際、上手にボールをコントロール出来ない人が必ず一定数います。

強く(速く)しか打てない、という人がいるということです。

百歩、いや千歩ぐらい譲ったとして、テニスではそれでもまだある程度(本当にある程度ですが)まともにプレー出来なくもない。

だがパデルに関していうと、そういった人はパデルプレーヤーにとっては「いいカモ」になってしまいます。

この「強くしか打てない人」も、「強くなってしまう人」もグレーディングに問題があると私は思っています。

グレーディングとは筋力発揮調整能力のことで、簡単に言うと力の調節のことです。

前者の強くしか打てない人は、力を発揮する際のメモリが0か100しかない人に多い。

後者の強くなってしまう人は、力を発揮するタイミングがずれている。

ずれている、というよりはテニスとパデルでは力を出すタイミング(や量)が違う、というほうが正しい。


ただこれはあくまでも、「パデルを上手にプレーするために必要な感覚」であり、テニスチックに打つのがダメなわけでもルールで定められているわけでもない。

すべては「パデルコートでテニスをしている自分」を認められるかどうかにかかっている。

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