日本パデルアカデミー

「パデルが上手になりたい」という方のお役に立てれば幸いです。

★Asociación de Pádel Argentino Monitor de Pádel
★日本パデル協会公認C級パデルコーチ
★2017全日本パデル選手権優勝
★2018World Padel Championships男子日本代表キャプテン
★2018World Padel Championships女子日本代表コーチ

パデル 大井町 コート レッスン スポル

天皇陛下の心臓手術を執刀した心臓外科医の先生の著書。


10時間以上に及ぶ手術でも疲れない」

とか、


「手術において大事なのは再現性」


など、なるほど参考に出来る点が多々ありました。

なぜ10時間以上に及ぶ手術もあまり疲れないかというと、手術中は頭を使わないからだそう。


手術とは首から下でやるもので、手と脊髄反射の仕事とのこと。
目から入ってきた情報は反射的に手に伝わって、自然と手が必要な動作をする。
頭は他のことを考えていても勝手に手がやるべきことをやってくれる。
ドラムを叩くのと同じで一種の自己運動。その連続で手術が進行する。

手術中やるべきことをいちいち頭で考えながらやっていては、スピードも落ちるし良い手術は出来ない。
手術の大半は“作業”なのだから、頭を使わなくても淡々と手が動いてくれなくては困る。
これは訓練を積み、数多くの手術を手掛けてきた外科医ならば自然と身に付く技。
だから「手術をすると疲れる」などと言うのはまだまだ未熟な外科医。


この言葉はパデルでの「試合」と「練習」にも通ずるものがあります。


他にも、


僕は「結果オーライ」は良しとしない。なぜならそこには「再現性」がないから。
自分が手掛ける手術は、たとえ緊急事態が起こって1の矢が外れたとしても、2の矢、3の矢を放つことが出来るような手術。
毎回確実な結果を出せるような手術をしていく。

“偶然”には「まぐれとしての偶然」と、「準備していたからこその偶然」がある。
野球のバットを振ってボールを打つ。
ただ闇雲に振っていたらたまたま良いところにボールが当たってホームランになった。
これは偶然の産物だが、日頃一生懸命素振りをしていて、あるときたまたま素振りと同じスイングが出来、そこにボールがうまい具合に当たってホームランになった。
これも「たまたま」ということでは偶然の産物だが、前者の偶然とはまったく質が違う。
素振りと同じスイングが出来れば、また同じ当たりが出来る可能性が高い。

この偶然の中には一種の“再現性”がある。
そしてこの再現性の土台になっているのが、素振りという日頃からの地道な努力。
最高の手術もこれとよく似ていて、良い手術をするための努力を惜しまない。
準備を怠らない。
やるべきことを丁寧にやる。
これが外科医にとっての“素振り”。

やろうと思えばこれまでの蓄積だけでも手術は十分に出来る。
だが過去の“貯金”でやりくりするようになったら、もうそこで止まり、進歩はない。
外科医である限り、手術の完成形を常に追い求めて努力していきたい。
そういう青臭い思いを持ち続けていたい。


過去の「貯金」でもパデルは出来る。
でもそこには進歩はない。


「再現性」は私がテニスの頃から大事にしている言葉で、心臓手術の世界でも同じと知り、とても興味深かった。

言われてみれば、確率は低いが奇跡の手術をしてくれるかもしれないお医者さんと、安定して高い確率で手術を成功に導くお医者さん、どちらがいいかと言われたら言わずもがなです。

どの分野でも一回性の出来事というのは人の興味を引きます。

パデル(やテニス)にもそれを求めてしまう魔力があるのは事実。

ですが確率のスポーツと言われるパデル(やテニス)において、その魔力に引き込まれてしまう人が少なくないのがとても残念で、私がロトの剣でも持っていればその魔力を一掃出来るのですが、いかんせん勇者ではないのでそれも出来ず。。


私も私なりの「パデルの完成形」を追い求め、私なりの「素振り」をこれからも続けていきたいと思います。

パデル 大井町 コート レッスン スポル

「パデルって楽しいですよね」

パデルを始めて以来、本当によく聞かれる。

パデルは楽しい、本当に楽しい。

この楽しさが多くの人に伝わってくれているのを目の当たりにすると、本当に嬉しい。


でもふと考えることがある。

今目の前の人が言っている「楽しい」と、私の感じている「楽しい」は一緒なのだろうか。

これはテニスのときから時折感じていたことで、安易に「そうですね」と答えていいのかどうか躊躇するような時期もあった。

今は、私がパデルと出会った頃に感じていた「楽しさ」を、今この目の前の方も感じているのだろうと想像し、そうですね、楽しいですよねと答えている。


さて、タイトルにあるワインだが私はまったく飲まない。

美味しさがわからないので飲みたいとも思わない。

こう言うと、「それは美味しいワインを飲んでないからだよ」と必ず言われるが、私に言わせればミニッツメイドのグレープ味のほうがよっぽどブドウを感じれて美味しい。

ワイン通の人を見ていると、産地や年代、一緒に食べる食事等にこだわりがあり、側からその光景を眺めていて私にはとても「楽しそう」に映る。

逆にその人たちからすると、私はワインを全然「楽しんでいない」ように映っているのだろう。

ワイン通は赤・白、ぶどうの種類、産地、年代などによって味の違いなどを楽しむという。

私はそういったものを十把一からげにして「ワイン」としか認識していない。
パデル 大井町 コート レッスン スポル
なぜこんな話をしたかというと、パデルやテニスでもこれと同様のことが起こるからだ。

パデルはプレーするうえで技術的な容易さがアドバンテージとなり、老若男女多くの人が楽しめるスポーツである。

テニス経験者ならすぐに、そうでない人でもある程度プレーすれば楽しめる。

(壁を利用せず)相手コートに返すだけなら人によってはその日のうちに、しかもそれだけでも十分楽しい。

でも壁を利用できるようになるともっと楽しい。

バンデッハなどのパデル特有のショットも出来るようになるともっともっと楽しい。

そしてパデルの戦略や戦術なども理解し、実践出来るようになると更に楽しさが増す。


テニスの時代からそうでしたが、私はテニスやパデル含めスポーツというのは、「出来ること・知っていることが増えれば増えるほど楽しみが増え(そして勝て)る」と感じています。

「でもそんないろんなこと出来なくても知らなくてもパデルは楽しい」という意見も分かりますし、実際そういった一面もあると思います。

私のワインと同様、こういった人たちのパデルもパデルであり、こういった人たちの「楽しい」も本当に楽しいのだと思う。

が、やはりそれはパデル(スポーツ)の一面しか見ていないように思います。

山口百恵の言うようにさよならにも向こう側があるのですから、パデルやテニスにも「向こう側」があり、そこには深みのある「楽しさ」が待っています。

ただ、そこに到達するには何度も何度も反復して各技術を習得、そしてそのスポーツを理解するという過程が欠かせません。

そんなの面倒くさいし、そもそもパデルにそんなことまで求めてないよ、という方も多いと思います。

私もワイン通の方に、「葡萄の向こう側を知ったほうがいいよ」と言われたら大きなお世話だと感じますから。

だから強要は出来ませんが、 簡単に楽しめるパデルにも 奥深さがあると教えてくれたのはあなたでした といつか言われてみたい。

私もいつかワインを嗜む日が来るのではないかと思っていますが、こうしてファンタグレープを飲みながら記事を書いているうちはまだまだ遠いなと思います。

パデル 大井町 コート レッスン ラケット
「コーチ、次の試合しっかり攻めて負けたのなら仕方ないですよね」

テニスの世界ではよく聞くセリフであったが、最近パデルでもちらほら聞こえてくるようになった。

こうアドバイスする方も使い勝手の良いアドバイスであり、される方にとっても耳障りの良い、受け入れやすく納得しやすいセリフでもある。

ただ本当にそうだろうか。

私はとにかく負けたくないので、攻めたほうが勝つ確率が高いと思えば攻めるし、守ったほうが勝つ確率が高いと判断すれば率先して守る。

でも頑張って守ったのに負けるかもしれない。

その可能性があるので、「守って負けるぐらいだったら気持ち良く攻めて負けたほうがいい」となる。

ただこうなると、勝敗より自分の「○○したい」という気持ちを優先してることになりはしないか。

「守って勝ってもおもしろくない」

このセリフもよく耳にするが、これなどは「勝敗<気持ち」を優先している典型的な発言であろう。

競技としてプレーしているのであれば、これはずれている。(Funとしてプレーしている人にはもちろん当てはまらない) 

試合に出場したりゲームをしたりする際、勝敗がすべてではないという考え方もあるし、楽しみ方は他にもあるというのも理解出来る。

だが私の場合、試合に出場するのであれば負けたくないし、どんなに無様なプレーをしようと負けるよりは勝ったほうが楽しい。

試合に出場している、もしくはこれから出場しようとしている人は、試合に対して自分が何に重きを置いているのかをはっきりさせてから試合に臨んではいかがだろうか。
パデル 大井町 コート レッスン ラケット

それから、これはテニスでの指導経験からの統計になるが、上記のセリフを発する選手の多くは守れない。 

「守らない」のではなく「守れない」。

 この二つには大きな違いがある。

「守ろうと思えば守れるけど、攻めたほうが勝てそうだから守らない」

というのと、

「守れないから攻める(しかない)」 



 
「攻めるべきときにしっかり攻め、それでも負けたのなら仕方ないですよね」

もしこう聞かれたなら、私はペコちゃん以上に首を縦に振って試合に送り出したい。 
 

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