日本パデルアカデミー

「パデルが上手になりたい」という方のお役に立てれば幸いです。

2016年08月

パデル テニス スカッシュ

追う立場と追われる立場。

人によっても違うだろうし、物事によっても違うだろうとは思うが、個人的には追うほうが好きだ。

というより、競技として何かのスポーツに取り組んでいる人の多くは「追う立場」のほうがいいと答えるのではないかと思う。

追う立場のメリットとして、目標が明確、(その目標に向かう過程もプレー自体も)楽しい、プレッシャーが少ない(失うものは何もない、という挑戦者のセリフを聞いたことがあると思います) 、課題が明確、モチベーションが保ちやすい、など様々なものがありますが、私は中でも「(プレー自体が)楽しい」という気持ちが持てることが一番のメリットなのではないかと思います。

デメリットとしては、一番(チャンピオン)ではない、目標を達成出来ていない、他者評価が低い、賞金やスポンサーが(チャンピオンと比べて)つきにくい、などが挙げられるが、後者の二つは他者が決めることであるし、前者の二つは達成した場合一転してそのプレーヤーを悩ます種にもなり得る。

一方追われる立場のチャンピオンのメリット・デメリットはこの逆になる。

チャンピオンにしか見えない景色、チャンピオンにしか出来ない経験などはもちろんあるが、次に目標とするものを見つける困難さ、モチベーションを保つことの困難さ、あらゆるプレーヤーから研究されること、またそれに対抗するために努力を続けることの困難さ、チャンピオンとしての立ち居振る舞いを求められること、などデメリットのほうが多いように思う。

もちろんその景色や経験、立場を楽しめる人もいると思うので一概には言えないが、子供の頃によくやった「ドロケイ」、どちらの役割のときのほうが楽しく感じたか。

泥棒のほうが楽しかったという人は少なくないと思うが、ドロケイで言うとチャレンジャーは泥棒 で、チャンピオンは警察なのではないかと思う。

泥棒はどこに逃げてもどんな方法で逃げてもいい。

時間内に捕まらなければいい。

一方警察は泥棒の出方に対応するしかない。 

自由度で言えば雲泥の差だ。

チャンピオンとチャレンジャーの関係もこれに似ている。

自分がナンバーワンになるため、チャンピオンを倒すためにする努力と、あの手この手を使って自分を倒そうとしてくる相手を倒す努力、どちらが「楽しい」努力であろうか。

「勝とう」としてプレーするのと、「負けない」ようにプレーするのは同じようで全く違う。

プレー前、プレー中の気持ちも全く違う。

なんとなくお分りいただけたと思う。

逆説的になるかもしれないが、だからチャンピオンでい続けられる選手というのは素晴らしいのだ。

ナンバーワン、チャンピオンになるだけでも十分素晴らしいことだが、その期間が短かったり、なった途端に勝てなくなったりプレーを辞めたりする選手も少なくない。

ジャンルや規模は違えどどちらの立場も経験したが、自分としてはやはりチャレンジャーの立場のほうがいい。

「素晴らしい」と言われるものも悪くないが、それよりもプレー中に感じる純粋な「楽しい」のほうが自分にとっては大事。

すごく大きく捉えれば、パデルとテニスは「テニスというチャンピオンにパデルというチャレンジャーが立ち向かっていく」構図ともとれる。

やっちゃえパデル。
 

パデル テニス スカッシュ


現在のパデル界の年齢層をグラフで分けると、30代が30%、40代が30%、20代が20%、50代が10%、その他が10%といった感じであろうか。

最もボリュームが多い30・40代の方々、その中でも特に男性の方々を見ていて最近感じることがある。

 「若さ」を売りに出来なくなってくる年代にさし掛かると、多くの男性は今後の自分の身の振り方というか、これからどんな立ち居振る舞いをしていくかということを考えるようになってくると思う。

年齢が上がるといろんな意味である程度自分の好きなように自分の好きなことが出来るようになってくるため、自分の選択次第で「やな奴」にも「いい奴」にもなれる。

もう少し正確に言うと、若いとき以上に簡単にやな奴になれる。

なぜなら自分の外側から様々なフィードバックを受けることがほとんどなくなるからだ。

若い頃であれば、上司や親や先生などから(頼んでいなくとも)たくさんフィードバックがもらえた。
その時点での本人にとってはネガティブなフィードバックでも、将来プラスに転じるありがたいフィードバックというのはこっちから求めなくても数多くもらえた。
 
だから「個性的なうえにイヤな奴」にはならずに済んだ。

だが年齢を重ねていくとこういったフィードバックもなくなるし、若い頃より自由も利くしで、リミッターが利かなくなってしまう。

オヤジや年齢がいっている人で、かなり奇抜なキャラクターの人が多いのはこのためなのではないかと思っている。

そんななか、 自身を客観的に見つつも自分なりの魅力を作り出せている人を見ると、変な意味ではなくて、「あ〜なんか良いなぁ」と思ってしまうのです。

包容力、共感力、人当たりの良さ、リーダーシップ、空気感、表情、懐の深さ、潔さ、気遣い、あえて空気を読まないetc・・など、なかなか若い頃には自然と出すことが出来なかったこれらの魅力を、自分なりに見つけて解釈してものにしている人をパデル界でちょくちょく目にするのです。

顔がカッコイイとか身体が引き締まってるとか、外側の部分以外のこういった目に見えない魅力に溢れている人達がパデル界に数多く存在するというのは強みだと感じます。

簡単に言うとキャラクターが良いということになるのでしょうが、そんな一言では言い表せない、目に見えない、なんとも言えない魅力。

昔はまったく理解出来なかった、「オヤジが好きな若い女の子」の気持ちがやっとわかりました。

同じ男から見ても、「こりゃモテるわ」と思えるからです。

恐るべしアラフォー男性。

頼もしい。

パデル ルール ダブルス ラケット コート

 先日とあるパデルコートでこんな会話を耳にした。

「あ、これ?こんなん簡単でしょ。教わんなくても俺が教えてあげるよ」

ある男性がパデルを初めて見た女性に対して掛けた言葉である。

会話から予想するに、男性はテニス経験が豊富(豊富なだけで強くはないと思われる)だがパデルは初めてという男性で、一方女性はパデルがどんなスポーツなのかとりあえず見学に来た、といった感じである。

何も盗み聞きしていたわけではなく、男性が周りに聞こえるような大きな声で話していたからだ。

パデルをある程度知っている人からすると、この男性があとで恥をかくことになるのは想像がつくであろうと思う。

だが現在パデルをしている多くの人は、この男性のように言葉に出さなくとも、心の中では大なり小なり似たような思いを最初に抱いたはずである。

もちろん私も同様である。

「テニスコートより小さいコート」で、「テニスラケットより短いラケット」で、「テニスボールより弾まないボール」を使うパデルは、どうしてもテニスをしている人達になめられる。

実際プレーしている人達を見ても、パデルは一見すると「おばさんテニス」に毛が生えた感じに見える。

本来スポーツに上も下もないのだが、どうもテニスプレーヤーからパデルは下に見られる。

テニスよりパデルのほうが難しい部分もあるし、ともするとテニスのことを、

「難しいわりには全然ラリーが繋がらないあんなスポーツよくやるね」

と思っているパデルプレーヤーもいるかもしれない。

だからどちらもリスペクトし合えばいいのだが、プレーしたことがなくパデルを見ただけ聞いただけという人がパデルを腐す傾向にある。(両方並行してプレーしている人のほとんどはパデルの難しさが分かっているからだ)

この会話を聞いたときは頭の中に熱血硬派くにおくんの決めゼリフ浮かんできたが、後で冷静に考えてみるとこれこそがパデルの良いところなのではないかと思った。

「こんなのテニスやってりゃ簡単だよ」

と思って気軽に始めてみたら、思いのほか奥が深い。

上手にプレーできないことが悔しくて徐々にのめり込んでいく。

こんなシナリオが浮かんだからだ。

こういう心理的な意味での「気軽に始められる」というのは、パデルの持つ魅力だと感じた。

だから今は「テニス出来る人ならパデルは簡単」と思わせておく。

そしてこういう人達がパデルに移行してきたときに受け皿があるよう、パデルコートが日本全国にもっと普及していくことを願う。

 

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