日本パデルアカデミー

「パデルが上手になりたい」という方のお役に立てれば幸いです。

2016年09月

パデル 壁 バンデッハ ビボラ


「人それぞれ違うんだから、自分に合ってるのが一番」


人に仕事や人生のことで悩みを打ち明けたとき、こう答えてもらえるとなんだかとても勇気がもらえるし、またこう答えてくれた人のことをなんでも包んでくれそうなとても器の大きい人にも感じる。

またこれと逆の立場で自分が相談を受けたときも、とりあえずこう答えておけば相手もなんとなく納得するし、自分の体裁も守れる。

特に、自分の中に「これ」という答えが存在しないものについて悩みを相談されたとき、この「人ぞれぞれだから」というセリフは一番カッコよく逃げれるので、私自身も時々どうしても使ってしまうことがある。

このセリフはある意味麻薬と一緒である。

麻薬は本来はとても弱い自分を隠すことにも使えるし、安易に自分を覚醒させたり高めたりすることが出来る。(使った事はないので本当のところは分からないが)

 このセリフも同様で、(質問を受けたジャンルに対して)無知な自分を隠しながらカッコつけることも出来るし、その質問に対しての答えを「自分で考える」ということをしなくても答えた気になれる。

世間一般ではどうなのか分からないが、一度このクセがついてしまうと指導者としてはおしまいである。

 選手や愛好家からの質問というのは、実は貴重なフィードバックだったり、新たな視点をもらえる良い機会だったりと、得てして自分にプラスになることが多い。

若い頃は何か質問されて答えられないと、なんとなく「負けた感じ」になったり「カッコ悪い感じ」がしたため、ごく一般的な回答をとりあえず答えたり、誰かの回答を受け売りしたり、先ほどの伝家の宝刀のセリフを用いたりしていた。

でもあるとき、「この質問よくされるから、一度自分でちゃんと調べたほうがいいな」と思うようになり、それからは自分の答えに自身が持てるようになった。

また、社会に出ると学生の頃のように「出された問題に答える」という形はほとんどなく、「問題は何か」という、「答えを出す問題を探す」ところから始めなければいけないことが往々にしてある。

となると、選手や一般愛好家からの質問や悩みというのは言わばその探していた「問題」であり、自分で問題を探す手間も省け、しかもそれに対して自分で答えが出せればそれは自分にとっての財産となって蓄積されるため、一石三鳥もの効果がある。
 
これに気づいたとき、若い頃しょうもないプライドが邪魔していなければなぁ、と後悔したのを覚えている。

それともう一つ大きな発見として、自分なりに出した回答が先ほど挙げた「ごく一般的な回答」や、「人それぞれ違っていい」というような「世間でよく言われるありきたりな回答」とカブることがある。

これの何が発見なのかというと、以前であれば「あー、俺今、人の意見パクってるな」と自分で気づきながらも、人には自分の答えかのように話すため、どこか後ろめたさがある。

だが、自分で調べた結果答えが同じであった場合、その自分の答えには「借り物感」がないため、堂々と話せる。

これは大きい。

上辺だけ取り繕うのはとても簡単だし、人生経験の少ない子どもや若者、また未経験者や初心者などは比較的簡単に上辺だけでも騙せてしまう。

だが人生経験豊富な大人や熟練者には、上辺だけで「人それぞれ」と言っているのか、一周回って「人それぞれ」と言っているのかはバレてしまう。

例えば極真空手創始者の大山倍達。

晩年に「未だに正しい拳の握り方が分からない」という言葉を残していますが、同じ言葉をちょこっと空手をかじったことがある程度の人が言っていたらどうでしょうか。

空手を知らない人からしたらこの大山倍達の言葉は、「そんなに長く空手やってるのにそんなことも分からないの?」と思うかもしれませんが、空手に真剣に取り組んでいる熟練者からしたらこの大山倍達の言葉からどれほど勇気をもらえるかは想像に難くない。

逆に空手をちょこっとかじった程度の人が、安易に「拳の握り方はこれしかないでしょ」と断定したとします。

空手を知らな人からしたら「へーそうなんだ」となるし、空手熟練者からしたら「アホか」となる。

繰り返すしますが、「熟考に熟考を重ねた上で辿り着いた答え」と「安易に思いつきで出した答え」が同じ場合もあるし、「熟考に熟考を重ねた上で答えが分からない」というのと、「考えてないから分からない」というのは外からは見分けが付きにくい。

こういった「本物か偽物か」を見破るにはやはりある程度の人生経験が必要なため大人のほうが有利ですが、子供でも見破る方法があります。

それは、あなたがした質問に対してもらった回答に、

「何でそうなの?」

と聞いてみることです。

例えばパデルをプレーするときの回転について、「パデルではどんな回転のボールが有効なの?」と質問したとき、「スライス系の回転が有効だよ」と答えをもらったとします。

ここで、「何でそうなの?」と聞くと大抵の場合二つのパターンに分かれます。

一つは、

「そんなの当たり前だろ」
「みんなそうやって打ってるだろ」

といった、若干キレ気味の解答パターン(笑)

もう一つは、

「◯◯だからスライス系のほうが有効なんだよ」

といった、理由を説明してくれるパターン。

これは良い指導者、先生、講師、上司、親⁈などを見分けるとても良い判断材料になると思います。

本当はこの前の段階に、「質問しやすいかどうか」という項目もあります。

質問したら「バカにされそう」「怒られそう」と感じるか、自然と「聞いてみたい」という気持ちが生まれるかどうか。

パデルは日本に上陸してまだ数年。

ある程度「答え」も「問題」も出ているような他の既存のスポーツとは違い、どちらも探す楽しみがまだまだまだまだありふれていることが個人的にはとても嬉しい。

今は文字通りパデルが「分からない」状態であるが、早く大山倍達の「分からない」まで辿り着きたい。

パデル 試合 壁 ラケット

「予定を立てているときは超ワクワクでノリノリだったイベントが、いざその日が近づいてくると出掛けるのが億劫になってくる」

「 いやいやながらも誘われたイベントに行ってみたら、思いのほか楽しかった」

これって多くの人にとって「あるある」だと思います。

パデル(イベント)は当然後者です。

各地で行われているパデルイベントは「楽しい」ものばかりです。

「楽しみにしていて、やはり楽しかった」
「楽しみにはしていなかったが、行ってみたら楽しかった」

こう思えるものがほとんどです。

「犬好きに悪い人はいない」と言いますが、私に言わせれば「パデルコートに悪い人はいない」で、現在パデルをプレーする人のほとんどは良い人達ばかりです。

主催者を始めプレーする人達も、「楽しんでもらいたい」「楽しんで帰ろう」という思いがありつつも必死さはなく、とても良い空気感を作り出す人達がほとんどなので「なんか楽しい」のです。

ただこの「楽しい」は、「パデルが楽しい」というのと「パデルをプレーするのが楽しい」の二種類あります。

コートが全国各地いたるところにあるようなテニスなどとは違い、パデルはまだまだプレー出来る場所が限られています。

テニスのように「近くの市営コート取ってペアとひたすら反復練習」といった感じでは現在パデルはプレー出来ません。

ほとんどの方が週末などに気の合う仲間とレンタルコート、もしくは友人知人から誘われたイベントに出席するといった感じでプレーされていると思います。

そうするとテニスでは出来る、「こっそり地味練してすぐ帰る」みたいなことは中々出来ません。

突然ですがスポーツをする人を超強引に大きく分けると、

そのスポーツをプレーすることが好きな人
そのスポーツに付随することが好きな人(そのスポーツが好きというはもちろん大前提です)

もしくは、

競技として取り組んでいる人
趣味としてプレーしている人

となります。

どちらもいなければいけない存在ですし、その中間に位置する人がほとんどなのは言うまでもありませんが、パデルの場合現在は「プレーのみに没頭する」というのは若干難しい状況にあります。

テニスであれば「プレーしたらすぐ帰る」「プレーした後も残って呑む」、どちらも各コミュニティで棲み分けが出来ているので、一人だけ仲間外れにされるというようなことはありません。

自分と似たような志向のプレーヤーが必ず何人かは見つかります。

おそらく現在パデルをプレーしている方の中にも「プレーしたらすぐ帰りたい」人もいるかと思います。

ですが現在のパデル人口とコート数がそれを許してくれません。

現在パデルをしている多くの方は、「パデルをプレーするのも好きだが、パデルに付随するものも同じぐらい好き」な人がほとんどだからです。

そうすると、「プレーはしたいけど呑むのはちょっと」「ワーキャーやるよりはストイックにプレーしたい」という思いの人がいづらい環境になりがちで、となると、「行くのをやめるか」「その環境に合わせるか」どちらかになります。

過去にパデルを何回かプレーしたことがある人や誘われたことがある人でこの経験のある方がいるかもしれません。

また現在プレーしている人や、これからやってみようかと思っている人の中にもこういった不安や不満を抱えている人もいるかと思います。

今回はその不安を解消しようと思います(笑)

11月に都内初となるパデルコートが練馬に誕生します。

これで関東では3ヶ所目となります。

これによって更にパデルを始める人が増え、すでに始めている人達も含め交流が増え、「ガッツリやりたい」「楽しみたい」などの棲み分けも多少は出来るのではないかと思っています。

Mr.マリックだったらきっとこう言うでしょうね。

「きてます、きてます」
 

パデル ダブルス コート ラケット

現在のパデルプレーヤーのほとんどはテニスの技術をベースにしてプレーし、「おまけ程度」に壁を使ったプレーが出来る、といった感じである。
 
テニスの技術がそのままパデルに当てはめられる技術もあるが、多くはアレンジや修正が必要であり、場合によっては大改革が必要な場面や人も出てくる。

例えばグラウンドストローク。

パデルは基本的にはストロークはスライスもしくはフラット系で打つことが多い。

だから、

「テニスでスライスが打ててネットプレー(ボレー・スマッシュ)が出来ればパデルなんて簡単でしょ」

と思われてしまうことも多い。

百歩譲ってボレーはそのまま使えるとしても、スライスとスマッシュはそのままでは使えない。

いや正確に言うと、現在の多くのパデルプレーヤーの「壁を使わない、もしくは壁から大きくボールが出たところでボールを打ち合っている」状態でゲームが行われるのであればアレンジや修正は必要ない。

この状態であれば先ほどのパデルの印象で間違いはない。

「お互いに壁が苦手」な者同士の試合であればこのままでいい。

壁際にボールが集まることもないし、壁から出てきたボールを返球出来る相手もいないため、テニスで培った技術を変える必要もないからだ。

以前「ノーガードの打ち合い」はボクシングだけで十分に書いたが、いずれ壁際にボールをコントロールしてくる人や、壁を使っての返球が上手な人が現れる。

そうなると何が変わってくるか。

「スマッシュを壁際に打つ」必要が出てきたり、「コンパクトなテークバックでスライスを打つ」技術が必要になる。

スマッシュを壁際に打つにはバンデッハを覚えなければいけないし、壁際のボールを(しっかり)スライスで打つには、スカッシュのようなフォームが合理的である。(というよりそうでないと打てない)

現在のように「テニスプレーヤー同士」がパデルをプレーするのであれば今のままで問題ないし、ある意味白熱したゲームになる。

だがどちらか一方が「パデルプレーヤー」だった場合結果は明らかで、パデルプレーヤーからしたら全く手応えはないし、テニスプレーヤーはコテンパンにやられるためどちらもゲームを楽しめない。

1日でも早く日本のパデルコートで「パデルプレーヤー同士」の試合が行われることを望む。

そうすれば今までの「テニスとの対比」という見せ方でなく、パデルというスポーツの本来の魅力がもっと伝わるように思う。

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