日本パデルアカデミー

「パデルが上手になりたい」という方のお役に立てれば幸いです。

2016年12月

パデル レボテ 壁 バンデッハ 青木真也

賛否両論分かれる格闘家だが、個人的には好きである。(だからこの本を読んだのであるが笑)

この本に書かれている彼の考え方もまた、賛否両論分かれるものが多い。

それでも「試合」「練習」「自分の人生の中の仕事ややりたいことの位置付け」などはパデルプレーヤーにも参考になる点は多々あった。

いくつか紹介します。


僕にとっての成功は、誰にも邪魔されずに好きなことをやれて、自分らしい生き方が出来ること。

勝負は運に左右されることもある。ただ、試合に向けて自分が出来る100%の過程を踏んでさえいれば、どんな結果に落ち着こうとも納得が出来る。

良い過程×良い結果=成功
良い過程×悪い結果=不運
悪い過程×良い結果=幸運
悪い過程×悪い結果=失敗

これに関しては大いに賛同出来ますし、また一家言もっています。
「悪い過程×良い結果」で得たものを「自分の実力」と捉える人が多過ぎます。
青木選手も言っていますが、これは実力ではなくまさしく「幸運」です。

 
なんとかして勝ちをもぎ取った経験は、どんな相手でも勝ってやるという気持ちを作る上でとても大きい。

恐怖心に立ち向かうため、「ウォーミングアップを含めたルーティーン」「すべて自分の“間”で行動すること」「緊張感を誤魔化さず身体で感じること」を心掛けている。緊張感をなくすことではなく、精神をおかしくさせるほどの感情とうまく付き合う。

一度有利なポジションを奪ったら、ミスしないことに気をつけ、その態勢を維持することを最優先にしている。相手はじわじわと攻められている感覚に陥り、しびれを切らして形勢逆転を狙ってくる。

この考え方などは格闘技に限らず「勝負」というものに共通する考えと思います。

総合格闘技は、イケイケで攻めのスポーツという印象が強いが、本質的には相手にミスをさせるスポーツ。イケイケの選手より、「やられるかも」と考えながらプレーしてくる選手のほうが厄介。

これもそのままパデルに当てはめられますね。
パデルのプロの試合などを観ていると、ボールのスピードやプロならではの派手なウィニングショットなどに目を奪われ、一見するとパデルも「イケイケ」のほうがいいのかと錯覚しそうになりますが、残念ながらパデルも本質的には相手にミスをさせるスポーツです。
個人的にも「イケイケ」でプレーしてくるような相手はとても楽で、逆にこちらのスキを虎視眈々と狙っているような相手は不気味でやりづらい。

技術が高くなることで戦い方が上手くなると、(相手を殺すぐらいの)メンタルをおろそかにしがちになるが、常に「殺すか殺されるか」だということを忘れない。

パフォーマンスだけを考えたらもっと合理的な練習方法もあり得るはずだが、試合で戦うメンタルを作る上で、根性論のような理不尽な練習をあえてしている。

練習では強いのに試合で勝てない選手は、実際の試合を想定しないで練習している。

常に試合を意識して練習しているので、練習のための練習をしている選手に負けることもあるが、大事なのはあくまでも試合。試合で勝つために練習があるというのが大前提。くだらない見栄で練習でも負けたくないと変な意地を持つ選手は多いが、そんなものは成長する上で邪魔なだけ。

これもスポーツ界によくある「あるある」ですね。
いわゆるブルペンエースというやつです。
テニス界でもよくあります。
時々トッププレーヤーが練習相手の格下の選手や、ジュニアの有望な選手に練習試合で負けたりしてメディアなどが不安を煽ることがありますが、あれなどもこの青木選手が言っていることと同様のことをしているわけわけです。
例えば「次の試合で使おうと思っている「ショットやプレーなどの効果と精度」を練習で測っているとしたら、その練習試合の結果は二の次になりますよね。
この選手のこの練習での目的は「明日の試合で勝つこと」であり、「この練習試合で勝つこと」ではありません。
よくあるのが、この練習試合で勝った選手が「あの選手あんまり強くないな」と捉え、天狗になってしまうこと。
ジャンルは違えどチャンピオンの考えることというのは似てくるのですね。
 

自分が人生を賭けて打ち込めることを見つけたら、人生の八割は成功。自分なりの価値を作り出して、それを追い求めていくほうが幸せになれるのではないか。自分の人生において、自分の物差しを持つことができれば、幸せの道は開けてくる。誰がなんと言おうが、自分が誇りを持てることをやる。そこに他人の価値観を持ち込んだら不幸の始まり。判断を人に委ねず、自分の価値観で納得して生きていく。隣の芝生が青く見えて、何が自分にとっての幸せなのかがぼやけてしまわないように。

やり抜くことが大切。好きなことをやり抜き、やり切ったならどんな結果であれ受け入れることが出来るはず。

空気なんか読まずに、自分で人生を選ぶ。

「本当はもっとパデルやりたいけど、周りであんまりやってる人いないし、 あんまり流行ってないし。このまま流行らなかったら一生懸命やっても無駄だもんなー」、こう思ってる人少なからずいると思います。
そんな方にこの青木選手の最後の言葉はどのように響くのでしょうか。

絵本 二番目の悪者 パデル テニス スカッシュ 壁

蔦屋書店でふと目に入ったので、その場で読了しました。

周りの意見に流される「その他大勢」を「二番目の悪者」としていますが、これを子供が読むとどの登場人物が一番目、もしくは二番目の悪者になるのかちょっと興味があります。

大人の捉え方と少し違うような気がします。

もしかしたらこの絵本は子供のためではなく、この本を大人が子供に読み聞かせるときに、お父さんもしくはお母さんに自分自身を振り返ってもらうための本なのかもしれません。

ユーミンも言っていますもんね、「人ごみに流されて 変わってゆく私を あなたは遠くで ときどきしかって」と。

急いてはいけない オシム

「身体は衰えてもまだまだプレーは出来る。問題は頭の中だ。その時の自分にふさわしいプレー、その年齢で出来るプレーが誰しもある。重要なことは、どこまで冷静かつ客観的に、自分自身を見つめられるかどうか」

 「サッカーは知性が求められるスポーツ。チェスは一手一手時間をかけて考えるが、サッカーは一瞬のうちに考えなければいけない。それがサッカーの魅力でもある。だからこそ瞬時に判断を下せる感覚を練習で磨く。そのための環境を整え、選手が無意識のうちに判断ができるようになるまで彼らを刺激する」

 「バルセロナは同時に5、6人動く選手たちのグループを作り上げた。一人一人がプレーをよく知り、恐らくは全員が同じアイディアを、試合のどの瞬間にも頭の中に持っている」
 
「築き上げるまでに要した時間は買えない」

「バルセロナの練習はいつでも見ることが出来るが、重要なのは練習を貫いている哲学。それを理解すべき」



ごく一部ですが、パデルに置き換えても十分参考になる言葉です。

読んでいて勇気が湧くと同時に、反省もさせられた本でした。
 

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