日本パデルアカデミー

テニスとスカッシュのハイブリットスポーツ、パデル。 パデルは40年ほど前にスペインで生まれたスポーツで、欧州や南米を中心に親しまれており、本場スペインではテニス人口を上回る競技人口をもつ人気スポーツとなっています。 「パデルが上手になりたい」という方のお役に立てれば幸いです。

2019年12月

パデル テニス スカッシュ スペイン スポル 名古屋
長年生きていると、どんな人にも「未だに心に残る言葉」というのがいくつかあると思う。

そこまで大げさなものではなくても、何かのきっかけで思い出す言葉というのはいくつもあると思う。

パデルに関して言うと、私はふとしたときにMaxi(スペインでパデルを教わったコーチ)の言葉が頭の中を過る。

そのときはいまいちピンときていなかったことが、時間差で理解出来たり上手に出来るようになることがある。

あるいは、その当時も出来ていた、理解はしていたが、そのときのあの言葉にはさらに「奥」があることに気づいたりということが何回もある。

例えばバンデッハ。

「なぜパデルにおいてバンデッハが必要なのか」

これがしっかり腑に落ちている人がどれくらいいるだろうか。

スマッシュより攻撃性が落ちるうえに、打ちづらい。

頭の中のどこかに「ほんとにバンデッハって打ったほうがいいのかなー」、もしくは「打ち方これで合ってるのかなー」といった疑問がある人も少なくないかと思う。

まだ日本に入ってきて数年とはいえ、もはやパデルに関する情報はいやというほど溢れている。

実際のレッスンを受けずとも、バンデッハの打ち方はネットのあちこちに落ちている。

動画のお手本を真似して、そっくりに打てるよう練習していけばいつしかバンデッハが打てる日は来る。

だが、「バンデッハを(上手に)打つ」ということ自体は目標ではない。

パデルの「ゲームで相手を負かす」という目標のためにバンデッハを(良いフォームで)打つのだ。

と考えると自然と湧き出てくる疑問がある。

「なぜ(スマッシュやビボラではなく)バンデッハを打ったほうがいいのか」
「なぜバンデッハはあのフォームで打ったほうがいいのか」

これが分かって初めて、目的と手段が合致したと言える。

それが分からずバンデッハを上手に打てたとしても、それは「お箸とシチュー」「フォークと味噌汁」のような関係になってしまう。

いくらでもスマッシュでコート外に出せるプロの選手が、なぜあれだけバンデッハを多用するのか。

あれだけ反応も良く、ボレーも上手いプロの選手が、壁を利用して相手のバンデッハを返すのはなぜなのか。


こんなことを考えながらパデルを観たり練習したりしていたら、一休さんやあばれはっちゃくばりにふと閃いた。

と同時に、Maxiはこれが言いたかったのかととても合点がいった。

Maxiが言っていた、「ロブが上がってきたときのファーストチョイスはいつもバンデッハ」という言葉の意味がやっと分かった。

Gracias,Maxi.

パデル テニス スカッシュ スポル 名古屋
私はテニスの頃から、上達のための第一歩は、

「知らないということすら知らない」状態から、「知らないことを知っている」状態に変わること

自分を知ること


から第一歩が始まると思っています。

ただこの一歩目というのが想像以上に重く、また苦しい。

それを知ったとき、これまでの自分が崩れていくようにも感じ、恐怖すら感じることもあります。


これまで色々な方を見てきた中で、これらをざっくり数字化すると、

①自分自身で気づく人・・・・・10%
②誰かに言われて気づく人・・・20%
③言われても気づかない人・・・50%
④気づこうとしない人・・・・・30%

といった印象があります。

平たく言えば「自分を客観視できるかどうか」ということで、一般的には年齢が上がれば上がるほど、人生経験を積み重ねていけばいくほどできそうなものですが、現実にはそうではありません。

テニスに限っていえば、小学生の子でも、自分のプレーをしっかり客観的に捉えられている子もいましたし、逆にいい年齢の大人の方で「ファーストサーブは全部ノータッチエースを取ろうと思っている」というような方もいました。

コーチ経験が浅い頃は、「スクールに来ているからには上達するためのアドバイスや、勝てない理由を知りたいのだろう」と思い、良かれと思ってそれらを伝えたところ、少し落ち込んだ表情になりその場を後にされるという経験を何度かしました。

若い頃はスクールにいらっしゃる誰しもが②のタイプの人だと思っていましたが、それが大きな間違いでした。

②に当てはまるような方はむしろ少数派だったのです。(そもそも上達したいという思いがそれほど強くない方のほうが多数派です)

そして④に当てはまる人の中には、「自分では薄々気づいているけど、それを自分で認めたくない人」というのも含まれています。

特に自分から「何かに気づこう」と思っていない人は、本来であればスクールに来ないはずです。

だがこれまた不思議なことに、そういった方がスクールにいらっしゃることは少なくありません。

となると何を求めてそういった方はスクールにいらっしゃるかというと、そういった方というのは、自分が認識している良い部分を褒めて欲しいんですね。(もちろん他にも理由があるのは百も承知です)

自分に足りない部分も知りたいは知りたいが、それよりも「私の〇〇すごいでしょー褒めて褒めてー」といった心境かと思います。

もし私がそのような方のコーチだとして、私から見てもその〇〇が素晴らしく、積極的に試合でも使うべきだと感じているのに、その選手が試合であまり使っていなかったとしたら、「あなたの〇〇は素晴らしい。あなたの〇〇を相手は脅威に感じている。だからもっと試合中〇〇を使うべきだ」と伝えます。
パデル テニス スカッシュ スポル 名古屋
サービス業という視点で捉えれば、望むものを提供するべきですが、(選手)育成といった教育業的な側面から捉えると、そればかりというわけにはいきません。

「〇〇が出来ないから負けるんですよ」
「〇〇を知らないから勝てないんですよ」

こういった(短期的に見れば)ネガティブな情報を伝えなければいけない場面が遅かれ早かれ必ず出てきます。

(サービス業として)コーチ業をする場合、この受け手側の(本当に)望むものを慎重に見極める必要があります。

「コーチ、試合で勝てるようになりたいんです!」

この言葉に、

「そうはいっても地味なこと、つまんないこと、やなこと、今までやったことないこと、苦手なこと、知らないこと、おもしろくないことはやらずに、自分の好きなこと、楽しいこと、得意なことだけやって勝ちたいなー」

という思いが内包されている人が少なくないからです。

ここをしっかり見極められるようになるには、コーチとしての経験を積む必要があります。

また、受け手側がスクールやコーチから最大限上達のエッセンスを享受しようと思ったら、自分の本心はどうなのかを認識しておく必要があります。

でないと、

「ただ気持ち良くなりたいだけなのに、ダメ出しばっかされて最悪ー」
「自分に足りないところを指摘して欲しいのに、出来てるとこ褒められるだけでつまんない」

といったすれ違いが起きます。

自分はどうなのか、一度自問自答してみてはいかがでしょうか。

私はデパートの1階の化粧品売り場と、6階の紳士服売り場を歩く度にいつもこれらのことが頭の中を過ります。

ちなみに今、私が知っているけど知らないことにしたいことは、自分の年齢です(笑)

このページのトップヘ