日本パデルアカデミー

テニスとスカッシュのハイブリットスポーツ、パデル。 パデルは40年ほど前にスペインで生まれたスポーツで、欧州や南米を中心に親しまれており、本場スペインではテニス人口を上回る競技人口をもつ人気スポーツとなっています。 「パデルが上手になりたい」という方のお役に立てれば幸いです。

2020年02月

パデル スカッシュ スペイン スポル パデル名古屋
この度、パデル日本代表のコーチに就任いたしました。(人間に紛れ込んでいるナメック星人っぽいのが私です)

三年続けて日の丸のついたユニフォームを着れること、大変光栄に思っています。




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日本が「世界」を目指す戦いはここから始まりました。

このチームで過ごした時間
は今でも鮮明に思い出します。

文字通り泣いたり笑ったりの日々でした。




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去年も悔しい思いをしています。

“主戦場”は少し変わりますが、「日本をパデルの強い国にする」という目標は変わりません。

代表チームのために全力を尽くしたいと思います。

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「だってこれ(テニスのとき)1万時間くらい練習したもーん!」

このセリフは、先日パデル女子日本代表の選手の練習を見る機会があり、Bajada de paredの練習をしているときにある選手が言った言葉である。

ここでいう“これ”とは、Bajada de paredを打つときの動作の一部分のことで、この動作はテニスでは必要な動作だがパデル(レボテ)では不必要な動作のことで、テニス(のグラウンドストロークを打つ際)では無意識に出来るようになるまで9割以上の選手が目指す動作のことを指している。

グラウンドストロークが得意であった選手であればあるほど身体に染み付いている動作なため、パデルに転向後は意識的に修正し、パデルに適した新たな身体感覚を獲得していかなければならない。

先ほどの「だってこれ1万時間くらい・・・」というセリフを聞いたとき、彼女のキャラクターも相まって和やかな空気になったが、私はどことなく感心してしまった。

というのは、おそらくその彼女は誇張ではなく実際にそれぐらいの時間練習している可能性があると思ったからだ。

1万時間練習するのにどれぐらいの日数になるかというと、仮に1日2時間、1日もサボらずに毎日続けたとする。

そうすると約14年かかる。

これは小学校3年生(8歳)からテニスを始め、大学卒業するまでテニスをしていた人と同じくらいの年月である。

テニスが強かった選手でこういった経歴の選手は珍しくないので、そう非現実的な数字でもないように思う。

テニスとパデルは「違うスポーツ」だというのが私の認識だが、そうはいってもこの二つに共通項はいくつもある。

テニスで培った土台(基礎)すべてをそのままパデルの土台として置き換えることは出来ないが、テニス時代に1万時間費やした選手がパデルを始めた場合、そうでない人に比べたらパデルの土台もある程度しっかりしているというのは容易に想像が出来る。
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最近読んでいる本に面白いことが書いてあった。

以下に抜粋する。


音楽学校のバイオリニストたちを「最高」「より良い」「良い」にわけ、何がその違いを生み出しているか詳細なデータを取る研究が行われた。
違いがみられたものの一つに、一人での練習時間が「最高」「より良い」のグループは一週間平均で24時間だったが、「良い」のグループは9時間しか練習していなかったことが挙げられる。
「良い」と「最高」「より良い」の違いがなぜ生まれるかは分かった。
“練習の効果は累積で生まれる”と仮定すると、「最高」「より良い」と「良い」を分けるものは何なのか。
そこですべての被験者にバイオリンを始めてからこれまで、毎年一週間にどれだけ練習していたか、概算を出すよう求めた。
すると、18歳に達するまでに「最高」のグループは平均で7410時間練習しており、 「より良い」のグループは5301時間、「良い」のグループは3420時間練習したことが判明した。


もちろん、“努力すること”は必要条件であり、絶対条件ではない。(無駄な努力もあるからだ)

だが、正しい努力を積み重ねていった場合、その量が多いほうがより「最高」に近づける可能性が高いというのは言うまでもない。

となると、日本や日本人がスペインやアルゼンチンなどの「最高」に追いつくにはまだまだまだまだ時間はかかるが、着実に積み上げていくことで少しづつだが着実に近づいていけるのは間違いない。

科学的にも証明されつつある、「努力に勝る才能なし」を信じてこれからもコートに足を運びたいと思う。

Trabajo torabajo y torabajo.

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知らない

知っている

わかる

できる

人に教えられる


スポーツに関わらず何かを習得していく際、必ずこの5つのステップを通過します。

パデルに置き換えてみます。

バンデッハを習得する過程は以下の通りです。


①パデルは知っているが、バンデッハというショットがあることを知らない

②テニスのスマッシュに似た、バンデッハというショットがあることは知っているが、上手に打つ方法は理解できていない

③バンデッハを上手に打つ方法は知っているが、上手に打つことはできない

④バンデッハを上手に打つ方法も知っているし、実際に上手に打てる

⑤バンデッハを上手に打つ方法も知っているし、上手に打てるし、人に教えられる


となります。

これまでの私の指導経験で非常に多いなと感じるのは、「わかっている」ことと「できている」ことがその人の頭の中でイコールになっていることです。

将棋やオセロで戦術を考える際、駒を「自分の思った位置」に置くことも、駒を手で「持つ」こともそれ自体は難しくありません。

ですがパデルやテニスのようなラケットスポーツの場合、ラケットを自在に操ることや、ボールを思ったところに打つのは将棋のそれとは比べ物にならないくらい難しい。

頭では「あそこに打てばいい」とわかっていても、そこにボールが打てない。

こう書くと、「そんなんじゃできてないよね」と共感してくれる人が多数だと思いますが、これがやっかいなのは時々それができてしまうこと。

私は確率が8割超えたら「できた」と思うようにしていますが、これが2回に1回程度でもできたと思う(もしくはそう思い込みたい)人が少なくないのが悩みの種です。
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テニス時代の話ですが、レッスン中後輩のコーチが横のコートで吉本新喜劇ばりのリアクションで驚いていたので、レッスン終了後に何で驚いていたのかと聞くと、


後輩「(あまりにもミスが多いので)〇〇さん、どこを狙って打ってるんですか?」

生徒さん「ラインの上」

後輩「ぇ゛え゙゛~!!」

生徒さん「プロの選手みんな狙ってますよね」


真顔でこう言われたそうです。

このとき、口から魂出ちゃうんじゃないかと思うくらい深いため息を後輩がしていたのを今でも思い出します。

テニスでグランドスラムを18度制しているクリス・エバート(現役選手でいうとセリーナ・ウィリアムズのような偉大な選手)は著書の中で、

「調子が悪いと感じた日は、自分の頭の中にサイドラインのもう1m内側にサイドラインをひいてプレーしていた」

と書いています。

精密機械のように狙えるトッププロでさえ1mの“余白”を残してプレーしているのに、一般愛好家が常にオンラインを狙って打つというのはとても現実的とは思えません。

これはパデルでも全く同様のことが当てはまります。

コップの中の水を見て、「半分しかない」と感じるか「半分も入っている」と感じるかは人によって違うのと同様、2回に1回の確率で“狙えてる”と思うかどうかもその人次第でもありますが、確率のスポーツと言われるパデルやテニスにおいて、50%というのは低過ぎます。

2回に1回入ったショットを思い出にして持ち帰る人、2回に1回しか入らなったショットに対して反省できる人、ここは大きな違いです。

先日亡くなった野村監督は、「試合は常に最悪から考える」と著書の中で言っていました。

「試合に勝利する」ことを考えた場合、中畑清方式より野村監督のほうが私は良いと思っています。(要は絶好調の自分を前提としてプレーするのではなく、絶不調の自分でも勝つ方法を見出しましょう、ということです(笑)


あなたは今どの段階にいますか?

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