開成高校 野球部 パデル 東京 所沢
頭の良い子が野球をするとこういう発想になるのだなと感心しました。

「エラーは開成の伝統」らしく、

「僕たちのようにエラーしまくると、相手は相当油断しますよね。油断を誘うみたいなところもあるんです」

と戦略の一環でエラーしてるかのような発言があったかと思えば、 

「でも僕たちは油断ではなくなめられているんです。油断はそこに付け入ることも出来ますが、なめられていいことは一つもありません。なめられているということは相手は楽な気持ちでいるということしか意味しませんから」

 「油断している」と「なめている」の違いを理解していたり、駆け引きやバッティングや守備などに関して、とても面白い考え方をしている子たちばかりでした。

中でも感じたのはみな自分を客観的に分析していること。

野球に限らずパデルでも自分をよく知ることはとても大事で、さらに言えば本当の自分の実力を自分が本当に理解していることが本当に大事です。

ある子が、

「苦手は自分でそう思っていることということで、下手は客観的に見てそうだということ」

なんて発言もしています。

多くの人は自分の実力を本当の自分の実力以上に評価してしまいますが、この子達はどちらかというと過小評価しているような気がしました。

頭が良いとなんでもわかり過ぎてしまうのでしょうか。
 
過小評価してしまうと本当は出来ることも出来なくなってしまうので、過不足なく実力を評価することが自分の実力を上げていく上で重要です。
padel パデル 東京 所沢
この野球部の選手たちも面白いのですが、僕がもっと興味を惹かれたのはこの野球部の監督。

「確実に1点取ってもその裏の攻撃で10点取られる。局面における確実性を積み上げていくと、結果的に負けてしまう」

「送りバントのようなセオリーを用いるチームには、“相手の攻撃を抑えられる守備力がある”という前提が隠されている。だが我々にはそれがないから“10点取られる”という前提で、一気に15点取る打順を考える」

この発想には高校野球ならではの「コールド」というルールも関係しています。

与えられた条件と環境で勝つ確率がいちばん高い方法を選択する。

勉強になります。

これをちょっとパデルに当てはめてみます。

「守れないから攻撃をより強化する」

これ、パデルでも使えそうな考え方です。

でも野球と大きく違うところがあります。

野球では守備をしているときはどんなに良い守備をしても自チームに点は入らず、パデルは守備をしているときでも点が入る可能性があるということです。

野球では攻撃をしているときはうまくいけば5点10点と大量得点を積み重ねていくことも出来ますが、パデルではどんなに良いショットでポイントを取っても1点、どんなに良いプレーを続けても一度に1ゲームしか取れません。

これが「ノータッチエースを取ると2ポイントもらえる」とか、「レマテ・ポル・トレスを成功させると1ゲームもらえる」のようなルールであれば、私もおそらくレマテ・ポル・トレスしか練習しないと思います笑

ルールと言えばテニスではテレビ放映等の関係で5セットが3セットになったり、(スーパー)タイブレークやノーアドバンテージ方式が採用され、どんどんスピード化、短期決戦化してきています。

一時期はサーブを1回だけにしようという試みもありましたし、サーブのレットを廃止しネットに当たってサービスボックスに入った打球は続けるという試みもありました。

当時はこのどちらも選手から大不評だったので採用されませんでしたが、「サーブのレット廃止」は現実のものになりつつあります。

先日行われた21歳以下の選手による「ネクストジェネレーションATPファイナル」では、このサーブのレット廃止のほかに、4ゲーム先取の5セットマッチ、ノーアドバンテージ方式の採用などが実際に採用されています。

パデルもこれまで少しづつルールが変更され、今年からはテレビ放映も始まったようなので、もしかすると試合時間短縮のためにこういった改正もいつしかあるかもしれません。
padel パデル 東京 所沢
話が逸れましたが、他にもこの監督は、

「バッティングとは物理現象」
「ちゃんと半身になって両肩を結ぶ線より上に肘を上げて、体重移動で前に投げる。これが安定的に出来ればピッチャー」

バッティングもピッチングも獲得する動作と言っています。

レボテもレマテも同様です。


「全てはまず基本動作から。基本動作は理屈から。理屈とは動作を分解すること」

パデルの基本も同様です。


「野球に教育的意義はない。野球はゲームに過ぎない」

巷のジュニアスクールでは教育や躾の要素を前面に出したものが溢れていますが、個人的にはこの監督と同様、パデルもテニスも「ゲーム」を楽しむものと思っています。


「練習ではなく実験。1球ごとに実験する。やること自体は同じでも、取り組む考え方を変える」

おおいに賛同出来ます。

傍から見ると「いつも同じ練習しかしてない」ように見えても、やってる本人は毎回新鮮ということもあります。

さらに、もちろん日々の練習(実験)には目的があってしているのですが、若い頃は「練習しなきゃ」だったのが年齢を重ねてくるとコートで思う存分プレー出来ること、パデルに関して試行錯誤していること自体が楽しいと思えるようになってきました。


「野球の守備に関して、練習して上手になってもエラーすることはあり、下手でも上手に処理出来ることもある。1試合で各ポジションの選手が処理する打球は大体3~8個。そのうち猛烈な守備練習の成果が活かされれるような難しい打球は1つあるかないか。そのために少ない練習時間を割くわけにはいかない」

これもパデルに当てはめられます。

守備練習の部分を「スペシャルショット」に置き換えて読んでみてください。


「球がストライクゾーンに入らないとゲームにならないから、それは相手に対して失礼。うちのチームとしては試合をしたい。試合をするには打たれるにせよストライクを安定的に入れなければいけない。勝負の前にマナーとして」

これも大いに頷けます。

テニスではよく技術を高めていく際、

①コートに入れることが出来る
②左右に打ち分けられる
③深さを打ち分けられる
④回転を打ち分けられる
⑤スピードの強弱をつけられる

という順番で行ないますが、この最初の段階がおぼつかない人がパデルでも多数います。

「ボールは速いがコートに入れられない」人のよく言うセリフとして、

「そんなゆっくり入れるだけのボールじゃ相手に打たれちゃいますよね」

というのがあります。

こんなとき私は、

「これだと相手と試合してることにならないですよね。負けるかもしれませんが、どうせ試合に出るなら相手と勝負したほうが試合に出た意味が出てくるんじゃないでしょうか」

と言っていますが、これからは一言、

「それはマナー違反ですからやめてください」

というようにします 笑