パデル ルール ダブルス コート ラケット

パデルはグリップチェンジしなくていい、は本当か」の記事でグリップについて述べたが、今回はグリップとプレー(スタイル)の関係性について考えてみたいと思う。

まずテニス。

テニスにはサーブ&ボレーヤー・グラウンドストローカー・レトリーバー・カウンターパンチャー・ビッグサーバー・オールラウンダーなど多様なプレースタイルがある。

また、これらのプレースタイルに加えて球種もトップスピン・ヘビートップスピン・フラット・スライス・サイドスピンなど、これまた多様にある。

テニスはグリップによって技術と戦術が異なってくる(打ちやすいショット・打ちにくいショット、出来るプレー・出来ないプレーがあるということ)ため、ジュニア期であれば自分の好むプレースタイルに近づけるためにグリップを変えるという選択もあり得るし、世界を目指しているコーチであれば将来プロになったときに困らないようなグリップをジュニアに指導する。

一方大人の場合、すでになにがしかのグリップで握りプレーをしてきてかなりの時間が経ってしまっているので、「こんなプレーがしたい」という理由でグリップを変えるのは至難の技だ。

このような場合、すでに慣れ親しんでいるグリップで「打てるショット」と「出来ること」をより磨いていくほうがストレスが少ない。

現在では少なくなっているが、過去には一つのプレースタイル、一つのショット(球種)でNo. 1になったりグランドスラムのチャンピオンになった選手も数多く存在する。

なぜこういった選手が現在少なくなってきているかというのは、多分に道具の進化が影響しているのだが今回は割愛する。

グリップに話を戻すが、コンチネンタルグリップ・イースタングリップ、セミウエスタングリップ、ウエスタングリップ、フルウエスタングリップ、エクストリームウエスタングリップなど、テニスにはたくさんのグリップが存在する。

それぞれメリット・デメリットがあり、先ほども言ったように打てるショットや出来ることに違いが出てくる。
 
グリップを変えることが難しい段階に来ている人は、なるべく今のグリップの長所を活かせるようにするだろうし、まだグリップの調整が効くようなジュニアであれば、なるべく弱点の少ないグリップで握る(よう指導される)だろう。

どちらにしてもデメリットのほうが大きくなるような選択はしないはずだ。

さてパデルはどうだろう。

その前にその他のラケットスポーツを見てみよう。

パデルに似ていると言われるスカッシュ。

バドミントンに卓球。

ちょうど今オリンピックがやっているので見てもらえばわかるが、今挙げたほとんどの競技がコンチネンタル(に近い)グリップで握ってプレーされている。

握り方について「こう握らなければならない」というルールはないはずで(もしかしたらあるのかもしれないが)、別に卓球やバドミントンでもテニスで言うところのウエスタングリップで握ってプレーしたって構わないのに、なぜそういったグリップでプレーする選手は現れないのか。

一言で言うと「都合が悪い」からである。

ルールでグリップが明記されていないにも関わらず、強い選手のほとんどが 同じグリップでプレーしている。

ということはこういった競技で上達を目指した場合、このグリップでプレーが出来るようになるというのは必須なのではないか。

きっとトップまで行かないレベルであれば、もう少し多様なグリップも見受けられるのだろうとは思うが、上のほうに行くに連れてそういったグリップでプレーするプレーヤーは淘汰されてしまうのだろう。

要はテニス以外のラケットスポーツは、ある一つのグリップ以外はデメリットのほうが大きくなってしまうということだ。

遠回りしたがこれはパデルも同様である。

パデルもプロの試合を見てもらえばわかるが、ほぼすべてのプレーヤーが薄い(コンチネンタル)グリップで握ってプレーしており、錦織選手のようにフルウエスタン(に近い)グリップでフォアハンドストロークを打っているプレーヤーは、私が見た限りでは1人もいない。(よく見るとプロパデルプレーヤーもグリップチェンジはしているのだが、テニスに比べたらその範囲や頻度は少ない)

こう考えると、ラケットスポーツの中でグリップの多様性ということに関してテニスは頭抜けている。 

グリップに多様性があるということはプレーに多様性も生まれ、プレーに多様性があるということは様々なタイプの選手が生まれる可能性がある。

こういった点が多くの人を惹きつけるテニスの魅力の一つでもある。

こういったグリップからくる多様性の魅力という点ではパデルはテニスに負けるが、プレーの選択肢や駆け引きといった点ではパデルのほうが魅力的だと個人的には思っている。

さてこのように考えていくと、ある重要なことが一つわかってくる。

(テニスに比べると)パデル含めグリップについて多様性がないラケットスポーツは、「出来ないことがあっては上にいけない」ということである。

なぜか。

それはまた次回に。