日本パデルアカデミー

「パデルが上手になりたい」という方のお役に立てれば幸いです。

カテゴリ: 精神

パデル テニス コーチ スクール

久しぶりにテニスの本を読みましたが良本でした。

テニスの精神の部分について書かれている名著、「インナーテニス」をもう少し具体的にしたような感じの内容でした。

インナーテニスの中の、「セルフ1・セルフ2」「ボールでコート上に絵を描こう」などの考え方は、当時無知だった私には目からウロコでした。

当時は「これを実践出来たら完璧なテニスが出来る!」と意気揚々としていましたが、その後この考え方も「一理ある。でもテニスはそれだけではない」と、これをも包むさらに大きなものに触れることになり、大変なスポーツをしていること、そしてそれを指導する職業に就いていることに恐れおののいたのと同時に、やる気が湧き上がってきたことを思い出しました。

インナーテニスにしてもこの禅テニスにしても、どうしても少し神秘的な感じのする内容になってしまうので、「信じる者は救われる」的な、信じること自体が目的となりがちです。

当時の私もそんな中の一人でしたが、「テニスというのは突き詰めていけば奇跡的なことなど何一つないんだよ」という言葉をある方から聞いたとき、目が覚めました。


さてほんの一部(といっても大量笑)ですが、抜粋します。 

パデルプレーヤーはパデルに置き換えて読んでみてください。 
  • 自分のことを、何本かはひどいショットを打つこともある優れたプレーヤーだと思うか、稀に幸運なショットを打てる下手なプレーヤーだと思うか、どちらの見方もできる。
  • 自分の能力のあら探しを始めるときは消極性の始まり。
  • 怖れを消し去ろうとするよりも、怖れを乗り越えていくことを学ぶ。これこそが真の「大胆不敵」。
  • 思慮深い考えと直感的な反応。十分に考えた決定というものは、勝つためのテニスに必須。ゲームプランやゲーム中に使う戦略の立て方など。ラリー中は直感の心に委ねる。ゾーンに入ってプレーすることは、考える心を戦略に使い、直感の心に動きの中での決断を委ねることを意味する。
  • 大脳前頭葉のイメージは大切で、運動で頭が良くなる基本。
  • 考える心を使ったショットコントロールをあきらめ、自分が意図したショットのイメージに反応する直感脳を働かせる。
  • コップに入っている泥水はかき混ぜるのをやめれば、泥と水が分かれる。思考もそれと同じで、成り行きに任せておくとあなたの心はやがて落ち着き澄んでくる。
  • 非常にリラックスした状態で体幹のブレがなく、バランスが良いことがベストのインパクトを生む。
  • 緊張と深呼吸は両立しない。
  • 「今日の試合を今日プレーする」こと。過去にひきづられたり、将来のことを予想したりし始めたら「現在のこの場所に戻ろうぜ!」とつぶやく。
  • 自分がいう不平のどれも、今日という日のひとかけらも変えられない。不平を言うエネルギーを浪費するより、練習やレッスンで改良できることをノートに書き留め、それらを最初の機会にすぐに試してみること。
  • 自分ができないことについて、自分に対して申し訳ない気持ちを持つかわりに、自分の持てる能力の全てを引き出すことに意識を向けること。
  • 「もし、あなたが状況をなんとか出来るならば、心配はご無用。もし、あなたが状況に何もできないならば、心配する点はまったくない」
  • あなたの意図する結果を生み出すプロセスを信じるのだ、そうすることで良い結果はより自然に現れてくるものだ。
  • 自分が酷いプレーをしても、最高の友人をもてなすように、あなた自身をポジティブな激励の言葉でもてなす。アンフォースドエラーをして、受ける罰はポイントを失うだけで十分。
  • 自分のことをネガティヴな言葉で呼ぶことは、自分に対して出来る最低のこと。冗談で言ったとしても自分自身に影響を与えるもの。無意識のうちにそういったネガティヴや品性や能力の不足などを信じ始め、自信を埋没させてしまう。
  • 「べきだ」ではなく「出来る」。「出来る」は起こったこととこれから起こることについて自分の意図を否定しなくなる。そしてネガティヴな結果よりポジティブな可能性に焦点を合わせ始める。
  • 心の状態と自分の体が感じることの間には相関関係がある。同様に体も心にインパクトを与える。
  • 強い相手に対しても、「自分に出来ること」に集中すること。どれぐらいの頻度でそのプレーやショットが出来るかを試す努力をする。
  • 打つコースやプレーで迷いが出るのは、考える心と直感的な心が絡んでいる。考える心が直感的な心を邪魔する。この混乱は自分が動作を開始するまでに決定を下していない場合に起こる。心の準備をし、自分のプランに運命を託す。
  • 注意を逸らすものに対して、あらかじめ心の準備をしておく。「いつかはまたプレーが始まるさ」と捉える。ダブルスでパートナーの調子が悪い時は、パートナーのプレーを好転させるのを自分が手伝えるかどうかを聞く。もしそうならパートナーと話す。もし無理ならパートナーの現状のレベルを受け入れて、自分のプレーに集中する。
  • プレッシャーによる心身にもたらす反応に対しては、何度か深呼吸する、自分のゲームプランに戻る、自分のルーティーンに集中する、そしてボールコントロールを本能の心に委ねる。つまりプレッシャーを楽しむ。
  • 「試合はまだ終わってない、完全に終わるまでは」。
  • 相手が良いショットを打ったからポイントを取られたのか、自分の準備が悪かったからポイントを取られたのか。
  • 相手が良いショットを打ったからポイントを取られたのか、自分がショットセレクションや打つコースを間違えたからポイントを取られたのか。
  • 明らかにそこに存在し、聞く耳を持ち、新しい概念を受け入れ、常に自分のゲームにそれらを取り入れる準備をしていると、コーチングは楽しいもの。コーチを最高に幸せにしてくれることは、私たちコーチがテニスで努力していることが、人生を象徴していることに生徒が気付いてくれること。
  • 動作をゆっくりにすることで、今まで気づかなかったような自分の動きの繊細さに気づくようになる。そして、自分の動きがとても上品で、すべての動作を非常に優雅に行っていることを発見できる。気づきの特性は様々な動作の中の「芸術」に気づける、触れられるということ。
  • 「電球を替えるのに何人の心理学者が必要ですか?」「一人。だが電球が変えて欲しいと思わなければならない」
  • 「目標が小さければ失敗も少ない」。サーブの目標が「サービスボックス内に入れること」より、「サービスボックスのこの位置」のほうがいい。目的に見合った目標を設定する理由は、より正確なイメージを感性に与えることによって、あなたの身体にショットのイメージを指示し、より優れた動作を引き出すことにある。曖昧な目標は、曖昧なラケットスイングやショットを生む。
  • すべてのレベルのプレーヤーは「強い確信を持って、常に決まった標的に打ち込む」ということと、「どんな優れたボールマシンでさえ、すべてのボールをコート上の同じ点に正確に打つことはできない」という二つの逆説的な態度を持つこと。十分な広さを持った目標設定をすること。
  • モノマネは非常に力強い学習方法。子供達はその運動能力をほぼ完全に、両親の刷り込みイメージから学んでいる。
  • コーディネーション能力と筋力の発達した子供は、幼少期にスターになることがよくある。彼らは最小限のスキルによって未発達な相手を圧倒することができる。これらのジュニアプレーヤーは早い段階での成功のためにかえってドロップアウトしやすい。なぜなら彼らはゲーム全体を綿密に考えることができないからだ。やがて彼らの対峙する相手は、基礎的なスキルと早期の身体的トレーニングで同等の実力になる。そして洗練されたテクニックをハードワークでこなし、晩成型のプレーヤーとして一段優れたプレーヤーとなる。
  • 野心は力強い動機だが切迫した野心というものは多くの場合、視野狭搾になってしまうもの。焦って改善しようとすると、自分の体が発信しているメッセージに気づかない。
  • 限定した考え方は、私たちを限定する。たった一つの方法だけに執着すると、もっと良くできたはずの可能性を減らしてしまう。「多くの人がそうだから」という理由で行うことは、斬新なものへと考える余地がない。
  • ダブルスはメンタル面で、粘り強さと戦略を育てるのに非常にお大きな助けになる。
  • ジュニアテニスにとって、両親とコーチからの前向きで健康的な手引きの重要性は、言いすぎても言いすぎることはない。
  • アスリートにとってもっとも重要で最も困難なレッスンは、最高レベルの能力を発揮するためには、自己中心主義と怖れを超越しなければならないこと。
  • 二人の人間がダンスを踊る際調和が必要だが、ダブルスも同様。コミュニケーションや戦略、協力的な動きとチームワークのセンスなどが、より素晴らしいダブルスゲームをするために必要。また、対戦相手だけでなく自分のパートナーに対しても、臨機応変に反応することがもとめられる。
  • ダブルスでは忍耐力、修練、包容力(自己中心でないこと)、それに「気づき」の精神などが最も必要とされる資質。
  • ダブルスの場合、パートナー同士が互いの強さと弱点を認識し認め合うことによって、最高の戦略を決定する鍵となる。個々のエゴはチームとしての成功を妨げる。
  • ボールがインプレーのとき、プレーヤーが毎回のショットを完璧に打ち返したいのなら「本能の心」にプレーを委ねるべき。ポイントとポイントの間には戦略や計算、積極的な強化のための時間は取るが、インプレー中はやらない。
  • 試合の始まるまえに「考える心」を使い、試合全体の戦略を考える。しかし一度ゲームが始まってしまえば(自分の)コントロールを「本能」に引き渡すこと。それによってラリーの最中に最も流動的で自然な反応をすることが可能になる。「頭で考え、心でプレーする」。
  • ゾーンとは「広い視野と鋭い視点、深い安らぎと確信の感覚、そして完全に怖れから解放された自由な感覚を持った状態」のこと。

パデル 壁 打ち方 試合

「メンタルが弱い」
「気持ちで勝った」

この言葉は今やスポーツ以外の場面でもよく使われるようになりましたし、プロスポーツの世界でもよく使われます。

 ですがセミプロレベル、ましてや一般愛好家レベルではこれが理由で負けることはほとんどありません。

なぜか。

スポーツではよく「心技体」が大事と言います。

私はこれに「頭」も足して、「心技体頭」が大事だと思っているのですが、順番はこの通りではなく「頭技体心」。

これはちょっと考えれば分かる。

例えばパデルを見たこともやったこともない錦織選手とパデルで対戦したとしても、良い勝負もしくは勝てると思いませんか。

壁も使えない(と仮定して)、戦術も知らないとしたら、いくらグランドスラムファイナリストになるぐらいのメンタルの持ち主でもパデル経験者には勝てないでしょう。

もちろん、錦織選手が本気になれば上達度は半端ではないでしょうが(笑)

となると、まずそのスポーツを上手にプレーするうえで必要な「技術」があること。

そしてそれをどう使うと勝てそうかを「頭」で知っていること。

ここまでで差がつかない場合に、どちらがその二つを高いレベルで維持しながらプレー出来るかという「体」が出てきます。

疲れてくると、どうプレーすればいいかという「考える力」も無くなっていくからです。

ここでも差がつかない場合にやっと、自分をどれだけ信じてプレー出来るかという「心」が出てきます。

プロの世界では「出来ないこと(打てない技術)」があるということは、「出来ないプレー(戦術)」があるということであり、出来ないプレーがあるということは、そのままそこが「弱点」となり、プロレベルではまず間違いなくそこを突かれる。

だから出来ないことがない、出来ないプレーがないというのがプロの世界では大前提。

だが一般レベルでは出来ないことがたくさんある人がほとんどである。

例えばパデルの場合、フォアハンドのグリップが厚いため「強くは打てるがロブが打ちづらい」という人がいたとする。

相手がそこに気づかなければいい勝負となるが、もし相手がそれに気づいた場合勝敗は明らかである(こういったことに気づけるというのも「頭」が関係している)。

もし私がこの厚いグリップの人の立場だったら、まずはグリップを薄く握ってロブが打てるよう努力する(ここでも自分の弱点に気づけるという「頭」が出てくる)のだが、わりと多くの人はここで敗因を、

「俺メンタル弱いなー」

とか、

「中途半端にロブで逃げたりなんかしないで、もっと強気で打って攻めたほうがいいな」

といったことに見出そうとします。

もちろんこう考えてメンタルの強化に励むこと自体は否定はしませんし、無駄ということはないと思います。

ですがここでよく考えてほしいのは、いくらメンタルの強化をしても「(グリップが厚いため)ロブが打ちづらい」という事実は何も変わっていないということです。

強い人というのはこういった部分を見逃しません。

「あの選手はグリップが厚いためロブが打てない。ロブが打てないということは守備が出来ない。守備が出来ないということは、、、」

と考え、「こういったプレーをすれば勝てる」というのを見つけ出します。

個人的には、こういった「目に見えない(精神的な)パワーバランス」で優位に立つほうがよっぽど簡単と思います。

しかもこういった感覚というのはなぜか不思議と相手に伝わります。

「蛇に睨まれたカエル」といった感じでしょうか。

ですのでまずは技術を高めること、そしてそれを有効に使う方法を知ること。

プロのように一週間通して試合を行なわなければいけないとか、ランキングを上げないと賞金やスポンサー収入が減ってしまうというプレッシャーの中で戦わなければいけない一般プレーヤーはおそらくいないでしょうから、体作りやプレッシャーに打ち勝つためのメンタル強化よりもっと先にやるべきことがあります。


・・・これでは答えになっていませんね。

私が思う一番手っ取り早いメンタルの鍛え方は「自分にウソをつかないこと」です。

「今置かれている環境の中では出来る限りの練習はした」と自分で思えれば、試合中緊張することはないでしょう。(緊張しないことと勝敗は別問題です)

「練習したことを試してみたい」という気持ちが生まれるからです。

 ですが練習する時間もあり、その環境もあるのにあまり練習しなかったとしたら緊張します。

なぜなら、「やれたのやらなかった自分」を自分自身が分かっているからです。

そして試合前に、「あんま練習しなかったけど大丈夫かなぁ」という不安が生まれます。

こればかりは自分が分かっているからどうしようもない。

本当に練習していないのに本気で自信満々で試合に臨めるメンタル強化の方法があれば私が教えて欲しいぐらいです。

「パデルしたいけど遠いし面倒くさいなぁ」

「パデルしたいけどテニスもしたいなぁ」

「パデルしたかったけど昨日飲み過ぎて動けないや」

「パデルしたかったけど今月遊び過ぎてお金ないや」

こういった場面でどんな選択をしているか。

特別なメンタルトレーニングなどしなくとも、こういったことを積み重ねていくほうがよっぽど自信がつくと個人的には思っています。
 

パデル テニス スカッシュ 違い 強くなるためには


カウンター。

サッカーでのカウンター攻撃、ボクシングでのカウンターパンチ。

テニスだとジョコビッチやナダルの驚異的な切り返し。

こういったカウンターと呼ばれるプレーやショットは多くの観客を湧かすし、また自分でそういったプレーをするのもとても気持ちが良いものである。 

パデルにももちろんカウンターはある。

しかもパデルの場合「最後の最後のどんでん返し」が比較的多いため、見ている観客も楽しく、またプレーしている選手達も最後まで諦めないでプレー出来る。

反面、カウンターが多いということはそれだけ「安易に攻めてはいけない」ということでもあり、プレー中に「我慢」する必要が出てくる。

言い方を変えれば、「やられないように気をつけながら」攻めなければいけない。

逆にカウンターが少ない競技や種目であれば「とにかく攻める」ことが出来る。

当たり前だがカウンターを警戒しないでいいからだ。

カウンターがないのだから「やられる」ときのことを考える必要はなく攻めまくればいいのであって、万が一カウンターを食らったとしても「たまたまだ」と割り切れる。

ではどれぐらいパデルでは我慢すればいいのか。

似ていると呼ばれるテニスやスカッシュと比べると私の中では、

シングルス(テニス)
パデル
スカッシュ
ダブルス(テニス)

の順番で我慢が必要だと思っている。

2対2でネットを挟んでプレーするわけだから、テニスのダブルスと同じなのではないかと感じる方も多いと思うが大きな間違いである。

テニスにおいてダブルスというのは「攻撃的なゲーム」あり、一方シングルスは「守備的なゲーム」である。

シングルスでは守備的なプレーをするチャンピオンが多数生まれているのに対し、ダブルスのチャンピオンのほぼ100%が攻撃的なプレーをする選手である。(道具の進化により今後守備的なプレースタイルのダブルスチャンピオンが生まれる可能性はある)

シングルスではカウンターショットを見る場面は少なくないが、ダブルスではほぼ皆無であり、ほぼ最初に主導権を握ったペアがポイントを取る。

だからダブルスではラリー回数が短い。

一方シングルスではカウンターを食らわないよう、攻める場面や攻め方を慎重に選んで攻撃をするためダブルスに比べるとラリー回数は多くなる。
 (なぜ多いか(少ないか)を説明すると今回のタイトルから離れてしまうので省略します)

パデルはどうか。

パデルとテニスのダブルスの一番の違いはやはり「壁」である。

では壁があるのとないのとでは何が違うのか。

壁がないテニスであれば、相手をコートの横(や後ろ)に自分の意図した分だけ追い出すことが出来る。(コントロール出来ればの話だが)
 
そしてそのショットは(可能なら)速ければ速いほど良く、強ければ強いほど良い。

 またそのショットは相手から遠ければ遠いほど良いし、またロブで相手の頭上を抜いたり、速いボールで相手の横を抜いたり出来ればテニスの場合ほぼ得点出来る。
 
テニスでは自分の頭の上や体の横を通り過ぎていったボールに追いつき返球することはほぼ不可能だからだ。

一方パデルの場合は相手の上や横を抜いても壁から跳ね返ってくるので、中途半端に強く(速く)打つと相手の横を通り過ぎるまでは「強くて良いショット」だったのが、壁に当たって跳ね返ってくると今度は相手にとって「良いショット」になってしまう。

だからパデルの場合もテニスのシングルス同様、「慎重に攻めなければいけない」のだ。

こういったことを考えるとパデルは、

「打つショットや動きはダブルスに近いが、戦略的な要素や心構えはシングルスに近い」
 
と言える。

こういった要素も持っているからこそパデルは楽しいのだ。

 

このページのトップヘ