日本パデルアカデミー

「パデルが上手になりたい」という方のお役に立てれば幸いです。

カテゴリ: 練習

パデル コート 東京 コーチ

「リフレッシュのため」
「趣味として」
「競技として」
「余暇活動の一環」
「レクリエーションとして」
「生涯スポーツとして」


パデルに限らずあらゆるスポーツにはこのような様々な関わり方があります。

人それぞれ価値観が違うのでこの中に優劣はありません。

違うのは目的です。

調べてみると、

リフレッシュ・・
元気を回復すること。また、生き生きと蘇らせること。

趣味・・
専門としてでなく、楽しみとして愛好する事柄。

競技・・
技術や運動能力の優劣を互いに競うこと。

余暇活動・・
余った時間や仕事の合間などの自由に使える時間を使って活動すること。

レクリエーション・・
仕事や勉強の疲れを、休養や楽しみで回復すること。また、そのために行う休養や楽しみ。

生涯スポーツ・・
その生涯を通じて、健康の保持、増進等を目的にスポーツを行うこと。


目的が複数重ねっている方もいるでしょうし、「趣味以上競技未満」という方、そもそもそんなこと考えたこともないという方も多くいるかと思います。

私の場合は「競技スポーツ以上プロスポーツ未満」といったところでしょうか。

パデル テニス 所沢 東京 スペイン


さて、今回取り上げたいのは競技スポーツについて。

私たちはオリンピックやプロスポーツを観戦していて感動したり、勇気をもらえる瞬間がよくある。

これはレクリエーションとしてプレーしている人たちを見ていても起きない現象である。

競技スポーツの持つ目的としては、先ほど挙げた事項よりも「相手(チーム)に勝つこと」「自己の記録を上げていくこと」がメインとなる。

相手に勝ったり自己記録を更新していくには、簡単に言えば自分の実力を上げていく以外に方法はなく、相手に勝ったり記録を更新したとき、「実力が上がった」ということになる。

このとき選手は、努力をしたことで得た成果に喜びや幸福を感じることが出来る。

そしてもう一つ大きいのは自信を得ること。

その競技自体に自信を持てるようになることはもちろん、その他の物事に対しても自信を持つことが出来るようになる。

これらは目に見えないものであり、またお金で買えない感覚でもある。

カネで買えないものとは、愛と正義とスポーツ技術、といったところでしょうか。

逸れましたが、そういった競技としてそのスポーツに取り組んでいる人自身ももちろんですが、その選手の周りの指導者や練習仲間、プロレベルであればその選手を応援しているファンなども喜びや幸福、勇気や感動を与えてもらえる。

ある選手が「もっと強くなりたい」という気持ちを活力にし努力する、その選手を見た別の選手がそれに感化され動き出す、その選手の頑張りを見てまた別の人が他分野で努力を始める・・・

こんなプラスの連鎖が生まれる可能性を競技スポーツは秘めています。

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20代の頃、

「そんなに練習して上手になったからって、これからもうプロになれるわけじゃないんだからほどほどにしたら?」

というセリフを何度か言われたことがありますし、コーチに専念してからは生徒に、

「周りの知人に“そんなに週3回も4回もやったってプロになるわけじゃあるまいし、ちょっと落ち着いたら?”と言われ、なんか虚しくなってきちゃって。そんなにやっても意味ないですか?」

というセリフを何度も耳にしてきました。(もしこの人が本当にプロになることだけを目的にプレーしているのだとしたら、知人の言っていることは正しいのですが)

こういった類の発言をしてくる人が昔は大嫌いでした。

腹が立ちましたし、虚しさも感じていました。

それだけが目的じゃないと思いながらも返す言葉が見つからない。

でも今は先ほどのような相談に来る人に対しては、

「プロにはなれないかもしれないけど、努力をしなければ得ることが出来なかった喜びや幸せ、自信を得ることが出来るかもしれない。もし思うような結果が出なかったとしても、周りの人たちに勇気や感動を知らず知らずのうちに与えているかもしれない。人に影響を与えられるってすごいことだと思いますよ」

的なことを答えています。

お金で買えないもの、目に見えないものが手に入る、感じることが出来る。

これって素晴らしいことだと思いませんか。


もっと素晴らしくなるにはこの水晶玉を・・・笑

スペイン パデル padel コーチ レッスン

「よーく考えてみて②」の続きです。

 前回、「テニスもパデルもしつこい人が勝ちやすい」と書きましたが、テニスに関しては納得出来る方も多いかと思うのですが、パデルに関しては?マークが頭に浮かぶ人が多いかもしれません。

なぜかというと、現在の日本のパデル界では攻めてる人のほうが勝っているからです。

なぜ攻めてる人のほうが勝っているのか。

それはディフェンスが上手な人がいないからです。

ディフェンスが上手じゃないということはすなわち壁を利用して返球が出来ないということ。

ディフェンスに自信があればロブを多く使い、カウンターのチャンスを伺っていればいいのですが、ディフェンスに自信がないと「相手に攻撃される前に攻撃したい」、「壁を使わずに返球したい」という発想になります。

そうなるとこれはもう単純に、より強いボールが打てることと勝敗がイコールになってきます。

この状況しか知らない人がパデルを見たり経験したりすると、「そっか、パデルは強く打ったりスマッシュたくさん打ったほうが強いのか」と勘違いするのも仕方ありません。
 
ただ、ディフェンスが上手い人がいないという日本の現状を踏まえると、試合において強く打てるシチュエーションが来たら強く打ったほうがポイントが取れることは確かである。

私自身日本ではそうしている。

ただスペインに来てからは選択が真逆に近くなる。

「強くも打てるがあえて打たない」という選択をするシチュエーションが多くなる。
 
強く打つのはリスクが高過ぎるからだ。

こっちに来て一緒にプレーして感じるのは、ジュニアにしても一般のおじさんにしても「上手い」と言われるようなレベルの人はまず間違いなくディフェンスが上手い。

日本だと「あ、これで決まった」と思うようなショットでも、こっちでは普通に返されるため次の策を考えたり、返球に備えていなければならない。

それが日本ではちょっと強く打てば決まってしまうため、自分自身に勘違いをしてしまう。

はじめの一歩でいうところの小橋建太状態である。

 「あ、俺結構打てるじゃん」と。

偉そうなことを言うようであるが、自身のバンデッハやボレーをより向上させるためにも、ディフェンスが上手な人が日本に早く現れてほしい。

というより、「守備が上手にならないと勝てない」と思うような人が早く現れてほしい。

そうすれば私自身も日本のパデルのレベルも一段階段を登れるような気がしてならない。
 
きついことを言うようだが、攻めてる選手が勝っているようではパデルのレベルは低いと言わざるを得ない。

「守れるようになりたい」、そう思う人には助力を惜しまないつもりである。
 

パデル レボテ バンデッハ レマテ ボレー

「結局は身体の反応でしょ」  

パデルに限らず人生の中でスポーツをほとんどしてこなかった人、あるいはスポーツと(真剣に)向き合ってこなかった人というのは、往々にしてこの一言で「スポーツ」というものを括ることが多々あります。

イチローの「(ボール球にも)身体が勝手に反応してしまう」という言葉もありますし、突き詰めていけばこの言葉もある意味的を得ていると言えるのですが、スポーツと真剣に向き合っている人に対してスポーツは「頑張ってなんとかなるもんじゃない」「努力したって無駄」とも取れるような発言をする人というのは、 突き詰めて突き詰めて一周回ってこのような単純化したことに戻って来たわけではなく、ごく浅い意味で言っているであろうことは容易に想像が出来ます。

少なくとも自分自身ではスポーツに真剣に向き合ってきたつもりの私としては、当然のことながらこういった発言をする人が嫌いなのと同時に、もっとスポーツの価値、スポーツをしている人の価値を高めたいと強く思わされます。

自身の身体を意のままに操ることの難しさ、パデルやテニスであればそれに加えてラケットという物体を意のままに操る難しさ。

その動きが自然と出せるようになるまでに反復練習で費やした練習時間。

その技術を使って相手や見ている人をも唸らせる戦術を、自然と繰り出すまでに昇華させた頭脳。

その練習が必要だと感じる洞察力、その練習に時間とエネルギーを注ぐと決める決断力。

出場しなければ「勝ち負け」という判断を下されずに済むのに試合に出る勇気。

こういった背景を知って人のプレーやプロの試合を見るのと、ただ見るのとでは月並みな表現ですが感動がまったく違います。







これらのラリーを見て、「すごーい」の一言で終わらせてしまうような人ではなく、思わず感動の涙を流してしまう人を一人でも増やしていきたいと思います。
 

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