日本パデルアカデミー

「パデルが上手になりたい」という方のお役に立てれば幸いです。

カテゴリ: 本

パデル 大井町 コート レッスン スポル

9月も中旬、読書の秋ということで三冊読了しました。

どれも興味深い内容でしたが、中でもカズの言葉がいちばん突き刺さりました。




若々しくはなくとも、生き生きとした選手でいたい

サッカーはミスのスポーツ。点が入るときは必ず相手のミスがある。相手をしっかり崩しての得点なんて何%あるだろう

勝利のためにどうするか。コツコツ積み重ね、続けていることを信じ、繰り返す。それしかない

努力が精神の安定感として実を結ぶ

試合を出来ることがどれだけ嬉しいことか。試合のために練習するのであって、その逆じゃない

サッカーはディテールにこだわるスポーツ。105×68mのピッチで30㎝ほどがものを言う。細かな部分で差が出る

ワールドカップ予選を勝ち抜き、日本が本戦出場を決めた。そして日本全国でサッカーをしている人達に「ワールドカップに出場し、世界と戦う」権利が与えられた。もちろん僕にもその権利はあり、だからその夢を追いかけて頑張れる

サッカー選手はダッシュのタイムが落ちようとも、プレースタイルを変えれば生き残れる。記録のスポーツはそうはいかない

J1の選手よりJ2の選手のほうがたくさん走っているように感じるのは、細部のミスが多いからで、技術が足りない分だけ運動量や頑張りでフォローしなくちゃいけない。選手のポジショニングが良く、球を止める、蹴る技術も高いJ1のほうは動きのムダが少なくなる。ヨーロッパリーグならなおさら

43歳の今でも自分が上手くなれる感覚がある。余裕が出来、頭が良くなったというか。若手のようなスピードではなくても、その若手のスピードを活かせばいい。経験と技と体力、サッカーはそれらすべてを駆使するものだと改めて学んでいる

ボールなしで競争したら二十歳には勝てないのに、ピッチではタイミング一つ、緩急一つで勝敗は変わる

スピードや体格は確かに武器。でもそれがすべてじゃない。大事なのは「サッカーを覚えること」




この本を出した当時のカズの年齢が43歳。

50歳を超えた現在でも現役でプレーしています。

「サッカー」の部分を「パデル」に置き換えて読んでもしっくりくる部分が多々ありました。

パデルも、

ミスのスポーツ
ディテールにこだわるスポーツ
記録では勝敗が決まらない
ポジショニングや技術が必要
タイミングや緩急が大事
自分にスピードがなくてもスピードのあるペアを活かせばいい
スピードや体格も武器になるが、大事なのは「パデルを覚えること」

です。

私も五十路を超えてもWPC(World Padel Championships)を目指す自分でありたいなと思いました。

こう思えるのもJPAがFIPに正式加盟しWPCへの参加が認められたからで、これには本当に感謝です。

次の2020年のWPCは現在パデルをしているすべての人、もっと言えばまだパデルと出会っていない人にも出場するチャンスがあります。

この目標があるのとないのとでは日々の練習に対するモチベーションがまったく違います。

これからもコツコツ積み重ね、続けていることを信じ、繰り返していこうと思います。

パデル 大井町 コート レッスン スポル

天皇陛下の心臓手術を執刀した心臓外科医の先生の著書。


10時間以上に及ぶ手術でも疲れない」

とか、


「手術において大事なのは再現性」


など、なるほど参考に出来る点が多々ありました。

なぜ10時間以上に及ぶ手術もあまり疲れないかというと、手術中は頭を使わないからだそう。


手術とは首から下でやるもので、手と脊髄反射の仕事とのこと。
目から入ってきた情報は反射的に手に伝わって、自然と手が必要な動作をする。
頭は他のことを考えていても勝手に手がやるべきことをやってくれる。
ドラムを叩くのと同じで一種の自己運動。その連続で手術が進行する。

手術中やるべきことをいちいち頭で考えながらやっていては、スピードも落ちるし良い手術は出来ない。
手術の大半は“作業”なのだから、頭を使わなくても淡々と手が動いてくれなくては困る。
これは訓練を積み、数多くの手術を手掛けてきた外科医ならば自然と身に付く技。
だから「手術をすると疲れる」などと言うのはまだまだ未熟な外科医。


この言葉はパデルでの「試合」と「練習」にも通ずるものがあります。


他にも、


僕は「結果オーライ」は良しとしない。なぜならそこには「再現性」がないから。
自分が手掛ける手術は、たとえ緊急事態が起こって1の矢が外れたとしても、2の矢、3の矢を放つことが出来るような手術。
毎回確実な結果を出せるような手術をしていく。

“偶然”には「まぐれとしての偶然」と、「準備していたからこその偶然」がある。
野球のバットを振ってボールを打つ。
ただ闇雲に振っていたらたまたま良いところにボールが当たってホームランになった。
これは偶然の産物だが、日頃一生懸命素振りをしていて、あるときたまたま素振りと同じスイングが出来、そこにボールがうまい具合に当たってホームランになった。
これも「たまたま」ということでは偶然の産物だが、前者の偶然とはまったく質が違う。
素振りと同じスイングが出来れば、また同じ当たりが出来る可能性が高い。

この偶然の中には一種の“再現性”がある。
そしてこの再現性の土台になっているのが、素振りという日頃からの地道な努力。
最高の手術もこれとよく似ていて、良い手術をするための努力を惜しまない。
準備を怠らない。
やるべきことを丁寧にやる。
これが外科医にとっての“素振り”。

やろうと思えばこれまでの蓄積だけでも手術は十分に出来る。
だが過去の“貯金”でやりくりするようになったら、もうそこで止まり、進歩はない。
外科医である限り、手術の完成形を常に追い求めて努力していきたい。
そういう青臭い思いを持ち続けていたい。


過去の「貯金」でもパデルは出来る。
でもそこには進歩はない。


「再現性」は私がテニスの頃から大事にしている言葉で、心臓手術の世界でも同じと知り、とても興味深かった。

言われてみれば、確率は低いが奇跡の手術をしてくれるかもしれないお医者さんと、安定して高い確率で手術を成功に導くお医者さん、どちらがいいかと言われたら言わずもがなです。

どの分野でも一回性の出来事というのは人の興味を引きます。

パデル(やテニス)にもそれを求めてしまう魔力があるのは事実。

ですが確率のスポーツと言われるパデル(やテニス)において、その魔力に引き込まれてしまう人が少なくないのがとても残念で、私がロトの剣でも持っていればその魔力を一掃出来るのですが、いかんせん勇者ではないのでそれも出来ず。。


私も私なりの「パデルの完成形」を追い求め、私なりの「素振り」をこれからも続けていきたいと思います。

パデル テニス スカッシュ スペイン 東京

「コミュニケーション」「エンターテイメント」「パーク化」「コミュニティ」といったキーワードが、これからのスポーツ業界で大事になってくるような気がしました。

あれ、パデルってどれも満たせるような気が。



吉田沙保里選手と水谷隼選手、やはりチャンピオンだけあって変態です。

何が変態かというと思考がです。

僕は変態が大好きです。

チャンピオンになるような人はやはり頭の中がちょっと違います。

「練習」「休息」「試合」などの捉え方は、一般プレーヤーとチャンピオンとで違うのはもちろん、チャンピオン個々人によっても違います。

例えば練習。

「すべて出し切る」とか、「All out」とかいうのはよく耳にすることがあるかと思いますが、水谷選手は、

「追い込むと反動が来る。追い込んだぶん休養を取らないといけないので、練習では少し物足りないくらいでやめておくのがベストと思っている」

と言っています。

一般プレーヤーとチャンピオンの考え方、どちらを参考にしたほうがいいのか。

思考は行動に表れるので、当然チャンピオンの考え方を取り入れて練習したほうが強くなる可能性は高い。

だがここで盲目的になってはいけない。

なぜかというと、その考え方が「そのチャンピオン独自の思考」かもしれないからだ。

これはダイエットに当てはめると分かりやすい。

「水とガムダイエット」「ヨーグルトダイエット」「野菜と豆腐ダイエット」など、現れては消えていく新しいダイエット法の数々。

どれも提唱者はその方法でダイエットに成功しているのだから、間違いとは言い切れない。

だがそれで多くの人がダイエットに成功したかというと疑問が残る。

取り入れようと思っている人からすると、どの方法を取り入れたらいいのか迷う。

でもどんなに突拍子もないダイエット法を謳っている人でも認めている考え方がある。

それはダイエットには「摂取カロリーを抑え、消費カロリーを増やす」ということが大前提ということ。

おそらくこの基礎・基本を無視して提唱しているダイエット法はないように思う。

もしここを無視しているとしたら、それは「ただの個性派」になってしまう。

枝葉の部分に躍起になるより、太い幹の部分を外さずに行なったほうが効果が高いのは言うまでもない。

パデル テニス スカッシュ スペイン 東京
スポーツに置き換えてみる。

各種スポーツには昔から語り継がれている「セオリー」があり、多くの選手の頂点に立つ「チャンピオン」が発する言葉が残っている。

「ただの個性派」なのか、「そのチャンピオン独自」のものなのか、「普遍的」なものなのか。

取り入れようとしているものはどれに当てはまるのか。

そこを見極める必要がある。



最後に水谷語録をちょこっとだけ。

同列に並べることは出来ませんが、スペインに行っていたときのことを思い出し、共感出来る部分が多々ありました。



ヨーロッパなどではミスすると露骨に嫌な顔をされる。それが恐怖心になり緊張感になる。
自分の力を示し、相手がそれを認めてくれれば練習で自分を指名して来る。

レベルが上がっていけばいくほど強い相手を求めて練習するしかない。だからこそ常に新しい環境に飛び込む。

 練習では実力を問うのではなく、その選手の意識を問うて相手を探したい。
高い意識でやっている選手のボールは生きている。
本気で自分に立ち向かってくるようなボールを打っているかどうか。
強い選手はみなそういう悩みを持っている。

ヨーロッパの練習は目の前のボールに対し、全神経を集中させて打球するためにラリーを続けようという気はまったくない。

誘いを断ったら仲間に嫌われるけど、嫌われても自分のやり方を貫く人が強くなる人間。

自覚ある異常者は強い。

私は生まれながらに異常性を持っていたのではなく、勝つために「異常性」を備えた。

いかに練習で正しい反応を身に付け、その反応出来る領域を広げていくかが大切。

海外に行くと、練習場所が確保され、練習相手もいる。
卓球以外の余計なものは何もないために、卓球だけに集中出来る。
食生活でも必要なものしか摂取しない。
さらに海外で単身でやることによって、「俺は一人でやっているんだぞ」という自信が出て来て、強くなることを再確認して、新たに決意することが出来る。

他の人が楽しんでいるような時にも、「俺はそんなお前らとは違う。俺一人で挑んでいるんだ」という強い気持ちになれる。
海外に行って一番良かったのは卓球が強くなれたことであり、自分の知らない世界を見れたこと。
そして、視野が非常に広がった。
海外に行ってみて自分はなんて狭い世界にいたんだろうと痛感した。
言葉を含め生活では苦労が多いが、それでも不自由な環境を経験することが精神面を強くする。

本当に強くなろうと思ったら、海外の強い選手と練習や試合をしたほうが自分のためになる。

このページのトップヘ