日本パデルアカデミー

テニスとスカッシュのハイブリットスポーツ、パデル。 パデルは40年ほど前にスペインで生まれたスポーツで、欧州や南米を中心に親しまれており、本場スペインではテニス人口を上回る競技人口をもつ人気スポーツとなっています。 「パデルが上手になりたい」という方のお役に立てれば幸いです。

カテゴリ: 考え方

パデル スポル 品川大井町 スペイン
今読んでいる書籍の中に、

「傑出した技能を持つ人々とふつうの人の違いは、心的イメージの質と量」

という記述があった。

同じ章の中に、

「エキスパートは現場で遭遇しそうな様々な状況に対応する極めて複雑で高度なイメージを作り上げる。
こうしたイメージによって、特定の状況によりすばやく正確な判断を下し、迅速かつ有効に対応出来る。
初心者とエキスパートのパフォーマンスを分ける最大の要因がこれ」

とも書いてあった。

こうも書いてある。

「プロ野球選手がなぜ150㎞を超える速球を軽々と打ち返しているか考えてみよう。
これはその能力を長年鍛えた人でなければおよそ不可能な所業。バットを振るべきか、振る場合はどの位置で振るかといったことを、ほんの一瞬で決めなければならないからだ。
だが、彼らの視力がふつうの人と比べて格別良いわけではないし、反射神経が特別優れているわけでもない
彼らに備わっているのは、長年ボールを打つ練習をしたり、投げられたボールに対する自らの読みが正しかったかどうかというフィードバックが即座に返ってきたりという経験を繰り返すなかで培われた、一連の心的イメージである。
こうしたイメージによって、どんなボールが向かってくるのか、自分に到達したときにはどのあたりに来そうかといったことを瞬時に認識できるようになる。
ピッチャーが腕を振り下ろし、ボールがその腕を離れた瞬間、意識的な計算などしなくてもそれが直球なのかスライダーなのか変化球なのか、どのあたりに来そうかといったことがかなり正確にわかる。
要するにピッチャーの投球を読む術を身につけているため、実際に向かってくるボールはそれほど見なくても、バットを振るべきか、どの位置で振るべきかといった判断を下すことが出来る。
(中略)
エキスパートと凡人を隔てる最大の要素は、エキスパートは長年にわたる練習によって脳の神経回路が変わり、極めて精緻な心的イメージが形成されていることで、ずば抜けた記憶、パターン認識、問題解決などそれぞれの専門分野で圧倒的技能を発揮するのに必要な高度な能力が実現する」


要は、「練習しなさい」ということだ。

もう少し正確に言うなら、「予測が出来るようになるレベルまで練習しなさい」ということ。


アンダーラインを引いた部分に関しては、スポーツ遺伝子は勝者を決めるかの中にも興味深い記述があった。

「単純反応時間テスト(電球がついたら素早くボタンを押す)をすると、教師、弁護士、プロスポーツ選手のいずれかにかかわらず、ほとんどの人が0.2秒前後のタイムである。しかし、0.2秒というのは、時速160㎞の野球のボールや、テニスの時速210㎞で打たれたサービスに対してはあまりにも遅すぎる」

この本の中にも面白いことが書いてある。

「ピッチャーが投げたボールが、バッターのバットが届く範囲に存在している時間はわずか0.01秒。人の目がボールを見るときの角度は、ボールがホームベースに近づくにつれ急激に変化する。そのため、“ボールから目を離すな”という教えを実践するのは、事実上不可能」

だからテニスなどのインパクト写真でこういった写真を目にするのです。
パデル スポル 品川大井町 スペイン
パデル スポル 品川大井町 スペイン
なぜ「ボールを見ていない」のに上手く打てるのでしょう。

なぜ「ボールをよく見て」とコーチは言うのでしょう。


本の内容に戻ります。

「野球のボールがキャッチャーミットに収まるまで、ずっと見つめていられるような高度の視覚系は人にはない。ボールがホームベースまでの半分の距離を通過した後は、目を閉じていても同じともいえる。このように、ピッチャーが投げるボールの速さと人間の生物学的限界を考え合わせてみると、そもそもボールを打てるということ自体が奇跡にさえ思われる」

アメリカで以前、ソフトボール選手でアテネオリンピック金メダルのジェニー・フィンチ投手の投げるボールに、メジャーリーグの強打者、プホルスやボンズが挑戦というテレビ番組があったそうで、結果はメジャーリーガーの完敗。

「普段150㎞以上の速球を打っているメジャーリーグ屈指の強打者が、ソフトボールのほうがマウンドからホームベースまでの距離が近いとはいえ、110㎞前後の球をまったく打てないというのなぜか。
それは、高速で飛んでくるボールを打てるかどうかは、ひとえに将来予測能力にかかっているから。
ソフトボールのピッチャーの投げるボールに対する将来予測能力がないから打てないのだ」


この事実はとても興味深いですよね。


他にもバレーボール選手に対しての興味深い実験も載っていたが、さすがに割愛します。

やはり載せます。

「バレーボール選手に試合中のある場面を収めた写真を一瞬だけ見せ、写真の中にボールが“あったかなかったか”を答えてもらうという実験を行なった際、ある選手にはボールがあるかどうかどころか、一瞬の閃光にしか見えなかったものが、ある選手には写っていた選手や試合が行われていた会場まで把握していた。
要するに「ただの写真」に見える選手と、完全に体系づけられた「物語」に見える選手がいるということ。
プロとアマチュアとの決定的な違いの一つは、素早く動けるという持って生まれた才能ではなく、“学んでゲームを理解すること”にある。
エリートアスリートは誰もが、自分が専門とするスポーツについては、まるで写真のように正確な記憶力を持っている」
パデル テニス スカッシュ クラウドファンディング
ただ、スポーツではどうしても身体運動が多く、やはりそうはいっても身体能力の有無が関係しているのではないかという疑問は残る。

これにも答えが載っていて、身体運動が少なくて考える時間の長いチェスでも、マスターレベルと普通のプレーヤーを分けるものは同じで、駒が置かれたチェス盤を数秒見せ、その駒の配置を再現出来るかというテストをした際、普通のプレーヤーはほとんど再現出来ず、マスターレベルのプレーヤーはほぼ正確に再現出来る、という結果が出たそうで、このことから分かるのは、身体能力の有無に関係のないものでも、「成果を得るためには経験が必要不可欠」ということ。

この能力は後天的に獲得された能力で、生まれ持った奇跡的な記憶力ではないということ。

このことで、パデルにおいて元テニスプレーヤーがなぜ有利かという説明が出来る。

技術的なアドバンテージももちろんあるが、それよりも「ダブルスという競技で相手からポイントを取る」ということに関しての知識や経験値が高い。

そのため競技は違えどテニスをやっていなかった人に比べると、テニス経験者のほうが将来予測能力が高いのは容易に想像ができる。


チェスの実験でもう一つ興味深かったのが、先ほどのテストを「実際のゲームでは起こりえない駒の配置にした場合」に変えると、普通のプレーヤーとマスターレベルとの間に差がなかったという事実。

このことについてこうまとめている。

「チェスのマスターもエリートアスリートも、過去に見てきたパターンを参考にして、多くの情報を無意識のうちに少数の有意チャンク情報に分類している。
マスターにとっては、駒と駒の関連性こそが重要。
マスターは駒の何百万もの配置についての記憶データベースを持っており、そのデータベースが三十万個ほどの意味のあるチャンクに分類されている。
更にそのチャンクは駒(スポーツの場合は味方や相手)の配置に関してもっと大きな塊となっている“パターン”にグループ化されている。
そしてこのパターンの中で仮にいくつかの駒が動かされたとしても、全体像が失われることはない。
初心者は新たな情報や無作為に配置された駒を見るとたじたじになるところでも、マスターは見覚えのある駒の配置や構成をそこに見出そうとする。
次の一手を決めるにあたって欠かせない情報を、そこから探り出す。
“最初はゆっくりと意識を働かせ、演繹的にしか出来なかったことが、今では素早く無意識のうちに知覚によって達成されるようになった”。
チェスのマスターが正しい一手を“見る”という表現は、あながち間違いではない。

チェス、外科医、スポーツ選手などの達人の眼球の動きを研究した結果、経験を重ねるにつれ、資格情報を有用なものとそうでないものに、より素早く分別できるようになっていることがわかった。
達人は無用の情報には目もくれず、次の一手を決定するための最重要データを素早く取り込もうとする。
初心者が個々の駒、あるいはプレーヤーについていつまでも考え込むのに対し、達人は全体の中の、複数の駒、あるいはプレーヤーが形作る“空間”に神経を注ぐ。
全体像を通して初めて、プレーヤーの配置状況や相手のかすかな身体の動きから重要情報を入手し、次に起こることの予測が可能となる。
これがスポーツにおける最重要事項」
パデル テニス スカッシュ クラウドファンディング
この部分を読んだとき、合点がいくことがあった。

これはテニスの頃からあったが、レッスンをしていて、心の中で「なんでそんな(どうでもいい)こと聞くんだ??」と思うことが時折ある。

選手であれば自分のやっていること、知っていることを人に説明する際、大きなチャンクで説明出来るだけで問題はない。

だがコーチとなるとそういうわけにはいかない。

大きなチャンクをかみ砕いて小さなものにして説明出来る必要があるし、その逆に小さなチャンクをまとめて大きな一つの塊にしてアドバイス出来る必要もある。

だからなるべく枝葉の部分も説明出来るよう心掛けている。

そう心掛けていても、「そこ、そんなに知りたいか??」ということは出てくる。

また、質問されてみて初めて、「そーいえばそんなこと考えたこともなかった」ということもたまにある。

いや、正確に言うと私自身もやり始めた頃はおそらく似たようなことは考えたはずで、経験を重ねていくうちにそこは“考える必要のないもの”として淘汰されていったか、もしくは今となってはかなり小さい塊になってしまっているので意識にも上がってこない、という可能性もある。

そういう意味では自分を振り返ることにもなり、時々そこから新たな視点が見つかることもある。

だから、臆せずレッスンでガンガン質問して来て欲しい。

質問後、しばらく私が固まっていたとしてもそれは気にしないで欲しい(笑)

これを書いていてふと思ったのは、巨人の元監督の長嶋茂雄さんは、野球に対する心的イメージの質も量も申し分ないんだけど、チャンクがでかいの数個しかなくて、だから「スーッと来たのをバーンって打つ」になっちゃったのではないか。

名選手名コーチにあらず、とはこのことかもしれません。


こういった心的イメージの質や量を増やすことがスポーツ等で上達するうえで欠かせないということはお分かりいただけたと思う。

そしてこれは生まれつきの才能ではなく、誰でも後天的に獲得できる能力だということも分かってもらえたと思う。

将来予測能力を獲得するのも、ゲームを学べば十分可能であり、これも誰にも可能性がある。

要は「やるかやらないか」の差だけで、あともう一つ大事なことは時間と経験が必要ということ。


でも本当にそうなのか。

やれば誰もがエキスパートになれるのか。

続きはまた後日。

パデル テニス スポーツビジネス最強の教科書 大井町 スポル

学生の頃から「教科書」という響きに嫌悪感を抱いていますので、読もうか読むまいか迷っていましたが、結果読んでとても参考になりました。


「ヤンキースが新しくスタジアムを建設した際、座席数を減らした理由」

とか、

「チームの成績と人件費は相関関係にあるという研究結果があり、選手や指導者といった才能への人件費支出を増加させることは、チームの勝率を上げるために十分なだけでなく必要な条件」

であるとか、

「勝利とは単に勝つことだけでなく、勝利を最後まで求めること、勝利を追求するプロセスで多くのものを得られることを含む。勝利という目的を達成するために理念に基づいた強化や管理といった手段が重要」

とか、読んでいて相づちの鉄則、「はひふへほ」が思わず出るぐらい勉強になりました。


それと、文中に「アルゼンチンと日本は国民の平均身長が変わらない」という一文があり、となるとパデル最強国の呼び声高いアルゼンチンに日本も近づけるのではという気持ちになりました。

ただサッカーなどではかなり実力に差があることを考えると、体格などのスケール効果以外の何か(環境や脳)が違うんだと考えます。

最近この「脳」にとても興味があります。

パデルに限らず、「たくさん練習して身体に覚えこませなきゃ!」というセリフはテニスでもよく耳にします。

ですが「筋肉には記憶能力がない」ので、正確にはこの場合の身体の部位は「脳」ということになります。

だからただひたすら練習するより、何かを意識して脳に覚えこませる必要があります。

自分自身でも脳にいろいろな情報や刺激を与えたら、まだ良い変化が起きそうな気がしています。
パデル テニス スカッシュ 大井町 スポル
他にも、

「日本のピッチャーは膝を曲げ、ボールを前に移動させる(並進運動)距離を確保するが、アメリカは膝を伸ばし肩の移動スピード(反動)を高める」

動作の中で求めているのは前者はコントロールで、後者はスピード。

もちろん全員が全員ではないが、こういう傾向があるそう。

そして日本にはオーバースロー、スリークォーター、サイドスロー、アンダースローなど投げ方が多数あるが、アメリカではそれほどない。

これは、日本が「バッターが打ちにくくする」ことを主体に考え、アメリカは「スピードで抑える」ことを主体に考えているからだそう。

これでいうと私の思考も日本寄りです。

1998年に38年振りに日本一に輝いたベイスターズを牽引した選手の一人、大魔神こと佐々木主浩投手はストレートとフォークのほぼ2球種で勝負し、4年連続最優秀救援投手となっています。

なぜ二種類しかないのに打たれないのか。

個人的にはこの部分をパデルでも追及していきたいなと思っています。

もしかしたらBelaもこの部分が長けているのかもなんて勝手に想像しています。
パデル テニス スカッシュ 大井町 スポル
少し逸れましたが、先ほど出た複数あるピッチャーの投げ方も、体幹の傾きが異なるだけで脚の出し方、肩から先のムチ動作、スナップ動作などはほとんど同じである、とあります。

これはパデルでも同様で、remate、liftado、viboraこれらのショットも体幹の傾きが異なるだけで、脚の出し方、肩から先のムチ動作、スナップ動作などはほとんど同じです。

パデルにはテニスにはないパデル特有のショットがいくつもありますが、各ショットは「腕を屈伸させるか」「反動をつけるか」「ムチ動作を入れるか」で大別することが出来ます。

こうして枝葉の部分ではなく、幹の部分の理解があると間違いが少ないように思います。
パデル テニス スカッシュ 大井町 スポル
「家で素振りしたほうがいいですか」
「コート借りてたくさん練習しないとダメですよね」


これもよく聞かれます。

これに対する回答を以下第4章-「打つ」-から抜粋します。

「素振りで理想とする動作が出来ないのに、何度も(素振りの)練習をすることは、習字で下手な見本を見て何度も練習するのと同じで、効率が悪いどころか、変な癖がついてしまう。まず素振りで目標とする動作を習得すること」


「努力すること」が大事なのではなく、「正しい努力をすること」が大事ということですね。

パデル テニス スカッシュ 大井町 スポル

先日この記事で学習には5段階のレベルがあると書きました。


おそらくこの5つの段階で一番悩むのが②と③。

②と③のステージにいる人からすると、④と①のステージにいる人のことが羨ましく感じることがある。(もちろん選手も指導者ももっと良くなろうとしたら悩みは尽きませんので、結局「隣の芝生は青く見える」ということでしかないのですが)


④にいる人のことを羨ましく感じるのはわかるとしても、なぜ①にいる人のことを羨ましく感じることがあるのか。

それは、今の自分にはない自由さ、のびのびさ、プレーする楽しさをそういった人から感じるからだ。

この②や③の壁にぶち当たると、

「こんなにいろんなこと考えながらやらないほうが上手くなるんじゃないかな」
「パデル始めた頃みたいに細かいことなんて考えないで、ただ楽しくやったほうがいいんじゃないのかな」


なんてことが頭の中に浮かんだりします。

ですが残念ながらこれでは上手になりません。(ここでの「上手になる」というのは、出来なかったことが出来るようになる、という意味)

①にいる人達は一見楽しそうにやっていて(実際に本人も楽しい)、しかも最初のうちは試合に勝てたりすることもあり、「あれ?もしかしたら超簡単かも」なんて思ったりすることもあるかもしれない。

でもこういった人は、「なぜ自分がミスするのか」「なぜ今ポイントが取れたのか」「なぜ今の試合に勝てたのか」といったことが分からない。

ビギナーズラックに近いものがあります。

パデル テニス スカッシュ 大井町 スポル
一方④にいる人達はそういった②や③の過程を過去に通って現在に至っています。

おそらく過去に、今②や③の段階で悩んでいる人と同じ経験をしているはず。

実際私もテニス時代にグリップで悩みに悩んでいた時期があり、悩み過ぎたストレスなのか、練習中全身に蕁麻疹が出て、一緒に練習していた後輩にそのまま病院に連れて行ってもらった経験もあります 笑

やめるのももったいない、かといって先も全然見えない。

私も何度もこのような思いをしました。

自暴自棄になり、スクールウォーズの最初の頃の大助にもなりかけました。

ではなぜそんな思いをしてまで練習するのか。
パデル テニス スカッシュ 大井町 スポル
それはそのほうが「楽しい」からです。

着せ替え人形で遊ぶとき、洋服やアイテムがたくさんあったほうが楽しいですよね。

それと同じで、ストロークしか出来ないより、レボテやドブレパレッドが出来たほうがより楽しい。

私はスポーツは、「より楽しむために、(練習で)悩み苦しむ」ものなのかなと感じます。

裸のリカちゃん人形だけ持っていても楽しくない。

風呂上がりのリカちゃん、という設定でしか遊べません。

このリカちゃんにはどんな洋服を着せると映えるんだろう?
デートのときの洋服は何にしよう?

なんて考えながら遊ぶのが楽しいはず。

まだまだ日本では「裸のパデル人形」ばかりです。

そこにレボテという名の洋服や、バンデッハという名のドレスを着せていきましょう。

そして着せ替え人形遊びに終わりがないように、パデルにも終わりがありません。


さあ貴方だけのパデル人形を作り上げていきましょう!




・・・最後のほう気持ち悪いなぁ 笑

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