日本パデルアカデミー

テニスとスカッシュのハイブリットスポーツ、パデル。 パデルは40年ほど前にスペインで生まれたスポーツで、欧州や南米を中心に親しまれており、本場スペインではテニス人口を上回る競技人口をもつ人気スポーツとなっています。 「パデルが上手になりたい」という方のお役に立てれば幸いです。

カテゴリ: 考え方

パデル テニス スポーツビジネス最強の教科書 大井町 スポル

学生の頃から「教科書」という響きに嫌悪感を抱いていますので、読もうか読むまいか迷っていましたが、結果読んでとても参考になりました。


「ヤンキースが新しくスタジアムを建設した際、座席数を減らした理由」

とか、

「チームの成績と人件費は相関関係にあるという研究結果があり、選手や指導者といった才能への人件費支出を増加させることは、チームの勝率を上げるために十分なだけでなく必要な条件」

であるとか、

「勝利とは単に勝つことだけでなく、勝利を最後まで求めること、勝利を追求するプロセスで多くのものを得られることを含む。勝利という目的を達成するために理念に基づいた強化や管理といった手段が重要」

とか、読んでいて相づちの鉄則、「はひふへほ」が思わず出るぐらい勉強になりました。


それと、文中に「アルゼンチンと日本は国民の平均身長が変わらない」という一文があり、となるとパデル最強国の呼び声高いアルゼンチンに日本も近づけるのではという気持ちになりました。

ただサッカーなどではかなり実力に差があることを考えると、体格などのスケール効果以外の何か(環境や脳)が違うんだと考えます。

最近この「脳」にとても興味があります。

パデルに限らず、「たくさん練習して身体に覚えこませなきゃ!」というセリフはテニスでもよく耳にします。

ですが「筋肉には記憶能力がない」ので、正確にはこの場合の身体の部位は「脳」ということになります。

だからただひたすら練習するより、何かを意識して脳に覚えこませる必要があります。

自分自身でも脳にいろいろな情報や刺激を与えたら、まだ良い変化が起きそうな気がしています。
パデル テニス スカッシュ 大井町 スポル
他にも、

「日本のピッチャーは膝を曲げ、ボールを前に移動させる(並進運動)距離を確保するが、アメリカは膝を伸ばし肩の移動スピード(反動)を高める」

動作の中で求めているのは前者はコントロールで、後者はスピード。

もちろん全員が全員ではないが、こういう傾向があるそう。

そして日本にはオーバースロー、スリークォーター、サイドスロー、アンダースローなど投げ方が多数あるが、アメリカではそれほどない。

これは、日本が「バッターが打ちにくくする」ことを主体に考え、アメリカは「スピードで抑える」ことを主体に考えているからだそう。

これでいうと私の思考も日本寄りです。

1998年に38年振りに日本一に輝いたベイスターズを牽引した選手の一人、大魔神こと佐々木主浩投手はストレートとフォークのほぼ2球種で勝負し、4年連続最優秀救援投手となっています。

なぜ二種類しかないのに打たれないのか。

個人的にはこの部分をパデルでも追及していきたいなと思っています。

もしかしたらBelaもこの部分が長けているのかもなんて勝手に想像しています。
パデル テニス スカッシュ 大井町 スポル
少し逸れましたが、先ほど出た複数あるピッチャーの投げ方も、体幹の傾きが異なるだけで脚の出し方、肩から先のムチ動作、スナップ動作などはほとんど同じである、とあります。

これはパデルでも同様で、remate、liftado、viboraこれらのショットも体幹の傾きが異なるだけで、脚の出し方、肩から先のムチ動作、スナップ動作などはほとんど同じです。

パデルにはテニスにはないパデル特有のショットがいくつもありますが、各ショットは「腕を屈伸させるか」「反動をつけるか」「ムチ動作を入れるか」で大別することが出来ます。

こうして枝葉の部分ではなく、幹の部分の理解があると間違いが少ないように思います。
パデル テニス スカッシュ 大井町 スポル
「家で素振りしたほうがいいですか」
「コート借りてたくさん練習しないとダメですよね」


これもよく聞かれます。

これに対する回答を以下第4章-「打つ」-から抜粋します。

「素振りで理想とする動作が出来ないのに、何度も(素振りの)練習をすることは、習字で下手な見本を見て何度も練習するのと同じで、効率が悪いどころか、変な癖がついてしまう。まず素振りで目標とする動作を習得すること」


「努力すること」が大事なのではなく、「正しい努力をすること」が大事ということですね。

パデル テニス スカッシュ 大井町 スポル

先日この記事で学習には5段階のレベルがあると書きました。


おそらくこの5つの段階で一番悩むのが②と③。

②と③のステージにいる人からすると、④と①のステージにいる人のことが羨ましく感じることがある。(もちろん選手も指導者ももっと良くなろうとしたら悩みは尽きませんので、結局「隣の芝生は青く見える」ということでしかないのですが)


④にいる人のことを羨ましく感じるのはわかるとしても、なぜ①にいる人のことを羨ましく感じることがあるのか。

それは、今の自分にはない自由さ、のびのびさ、プレーする楽しさをそういった人から感じるからだ。

この②や③の壁にぶち当たると、

「こんなにいろんなこと考えながらやらないほうが上手くなるんじゃないかな」
「パデル始めた頃みたいに細かいことなんて考えないで、ただ楽しくやったほうがいいんじゃないのかな」


なんてことが頭の中に浮かんだりします。

ですが残念ながらこれでは上手になりません。(ここでの「上手になる」というのは、出来なかったことが出来るようになる、という意味)

①にいる人達は一見楽しそうにやっていて(実際に本人も楽しい)、しかも最初のうちは試合に勝てたりすることもあり、「あれ?もしかしたら超簡単かも」なんて思ったりすることもあるかもしれない。

でもこういった人は、「なぜ自分がミスするのか」「なぜ今ポイントが取れたのか」「なぜ今の試合に勝てたのか」といったことが分からない。

ビギナーズラックに近いものがあります。

パデル テニス スカッシュ 大井町 スポル
一方④にいる人達はそういった②や③の過程を過去に通って現在に至っています。

おそらく過去に、今②や③の段階で悩んでいる人と同じ経験をしているはず。

実際私もテニス時代にグリップで悩みに悩んでいた時期があり、悩み過ぎたストレスなのか、練習中全身に蕁麻疹が出て、一緒に練習していた後輩にそのまま病院に連れて行ってもらった経験もあります 笑

やめるのももったいない、かといって先も全然見えない。

私も何度もこのような思いをしました。

自暴自棄になり、スクールウォーズの最初の頃の大助にもなりかけました。

ではなぜそんな思いをしてまで練習するのか。
パデル テニス スカッシュ 大井町 スポル
それはそのほうが「楽しい」からです。

着せ替え人形で遊ぶとき、洋服やアイテムがたくさんあったほうが楽しいですよね。

それと同じで、ストロークしか出来ないより、レボテやドブレパレッドが出来たほうがより楽しい。

私はスポーツは、「より楽しむために、(練習で)悩み苦しむ」ものなのかなと感じます。

裸のリカちゃん人形だけ持っていても楽しくない。

風呂上がりのリカちゃん、という設定でしか遊べません。

このリカちゃんにはどんな洋服を着せると映えるんだろう?
デートのときの洋服は何にしよう?

なんて考えながら遊ぶのが楽しいはず。

まだまだ日本では「裸のパデル人形」ばかりです。

そこにレボテという名の洋服や、バンデッハという名のドレスを着せていきましょう。

そして着せ替え人形遊びに終わりがないように、パデルにも終わりがありません。


さあ貴方だけのパデル人形を作り上げていきましょう!




・・・最後のほう気持ち悪いなぁ 笑

パデル テニス スカッシュ 大井町 スポル

「練習」と「トレーニング」、この二つの言葉に対して皆さんはどんなイメージをお持ちですか。

スポーツ科学の視点では、脳や神経を改善させる働きかけを練習と呼び、筋力や呼吸機能等の向上を図る働きかけをトレーニングと呼ぶそうです。

例えばパデルでは、レボテやバンデッハといった技術的な向上を目指してやるものが練習で、レボテの低い姿勢を維持出来るようスクワットで下半身を鍛えるのがトレーニング。


質問です。

関連性のあるもの同士を線で結んでみてください。

        練習                         継続

トレーニング                   閃き


トレーニングをやっている方ならお分かりだと思いますが、トレーニングを始めた次の日にフランク・メドラノにはなれないのはよくお分かりだと思います。

テニスをやっていた方なら経験がある方もいるかと思いますが、全然返せなかった速いボールがひょんなことから打ち返せるようになった、ずっと勝てなかった人にいつの間にか勝てるようになった、こういったことが過去に一度か二度はあったかと思います。

何が言いたいかというと、トレーニングは「ローマは一日にして成らず」の精神で向き合う必要があり、練習は「一休さんやあばれはっちゃく」の精神で向き合う必要があるということです。

もうお分かりだと思いますが、スポーツ科学的には、

練習↔︎閃き
トレーニング↔︎継続

が正解だそうです。
パデル テニス スカッシュ 大井町 スポル
これを考えていくと、少し残酷な言い方になりますが、少し練習しただけで閃く人もいれば、何年やっても閃かない人もいるということです。

トレーニングは蓄積していくものですが、(技術)練習は練習量がそのまま蓄積されていくわけではない。(一度コツを掴んでからは別です)

でもいつ閃くか分からないということは、

「もう何年も練習してるのに出来ないんだからきっとこれからも出来ないだろう」

ではなく、

「もしかしたら明日の練習で閃くかもしれない」

気休めではなく、こう思うほうが自然です。

そして上手にやるコツが閃いたら、それをコンスタントに、そしてそれが無意識に出来るようになるまで練習を続けます。

結局上手な人もそうでない人も「練習」が必要なわけです。


明日の練習で閃くかもしれない。

もっと言えば、今日の練習の最後の一球で閃くかもしれない。

そう考えたらとてもワクワクしませんか。

練習することが、そしてボールを打つこと自体がとても楽しいものに変わります。


これを考えていてふと浮かんだ言葉がありました。

鴨川会長の言っていたことはこれだったんだなと。

パデル テニス スカッシュ 大井町 スポル

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