日本パデルアカデミー

「パデルが上手になりたい」という方のお役に立てれば幸いです。

カテゴリ: 考え方

パデル テニス スカッシュ スペイン 東京

「コミュニケーション」「エンターテイメント」「パーク化」「コミュニティ」といったキーワードが、これからのスポーツ業界で大事になってくるような気がしました。

あれ、パデルってどれも満たせるような気が。



吉田沙保里選手と水谷隼選手、やはりチャンピオンだけあって変態です。

何が変態かというと思考がです。

僕は変態が大好きです。

チャンピオンになるような人はやはり頭の中がちょっと違います。

「練習」「休息」「試合」などの捉え方は、一般プレーヤーとチャンピオンとで違うのはもちろん、チャンピオン個々人によっても違います。

例えば練習。

「すべて出し切る」とか、「All out」とかいうのはよく耳にすることがあるかと思いますが、水谷選手は、

「追い込むと反動が来る。追い込んだぶん休養を取らないといけないので、練習では少し物足りないくらいでやめておくのがベストと思っている」

と言っています。

一般プレーヤーとチャンピオンの考え方、どちらを参考にしたほうがいいのか。

思考は行動に表れるので、当然チャンピオンの考え方を取り入れて練習したほうが強くなる可能性は高い。

だがここで盲目的になってはいけない。

なぜかというと、その考え方が「そのチャンピオン独自の思考」かもしれないからだ。

これはダイエットに当てはめると分かりやすい。

「水とガムダイエット」「ヨーグルトダイエット」「野菜と豆腐ダイエット」など、現れては消えていく新しいダイエット法の数々。

どれも提唱者はその方法でダイエットに成功しているのだから、間違いとは言い切れない。

だがそれで多くの人がダイエットに成功したかというと疑問が残る。

取り入れようと思っている人からすると、どの方法を取り入れたらいいのか迷う。

でもどんなに突拍子もないダイエット法を謳っている人でも認めている考え方がある。

それはダイエットには「摂取カロリーを抑え、消費カロリーを増やす」ということが大前提ということ。

おそらくこの基礎・基本を無視して提唱しているダイエット法はないように思う。

もしここを無視しているとしたら、それは「ただの個性派」になってしまう。

枝葉の部分に躍起になるより、太い幹の部分を外さずに行なったほうが効果が高いのは言うまでもない。

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スポーツに置き換えてみる。

各種スポーツには昔から語り継がれている「セオリー」があり、多くの選手の頂点に立つ「チャンピオン」が発する言葉が残っている。

「ただの個性派」なのか、「そのチャンピオン独自」のものなのか、「普遍的」なものなのか。

取り入れようとしているものはどれに当てはまるのか。

そこを見極める必要がある。



最後に水谷語録をちょこっとだけ。

同列に並べることは出来ませんが、スペインに行っていたときのことを思い出し、共感出来る部分が多々ありました。



ヨーロッパなどではミスすると露骨に嫌な顔をされる。それが恐怖心になり緊張感になる。
自分の力を示し、相手がそれを認めてくれれば練習で自分を指名して来る。

レベルが上がっていけばいくほど強い相手を求めて練習するしかない。だからこそ常に新しい環境に飛び込む。

 練習では実力を問うのではなく、その選手の意識を問うて相手を探したい。
高い意識でやっている選手のボールは生きている。
本気で自分に立ち向かってくるようなボールを打っているかどうか。
強い選手はみなそういう悩みを持っている。

ヨーロッパの練習は目の前のボールに対し、全神経を集中させて打球するためにラリーを続けようという気はまったくない。

誘いを断ったら仲間に嫌われるけど、嫌われても自分のやり方を貫く人が強くなる人間。

自覚ある異常者は強い。

私は生まれながらに異常性を持っていたのではなく、勝つために「異常性」を備えた。

いかに練習で正しい反応を身に付け、その反応出来る領域を広げていくかが大切。

海外に行くと、練習場所が確保され、練習相手もいる。
卓球以外の余計なものは何もないために、卓球だけに集中出来る。
食生活でも必要なものしか摂取しない。
さらに海外で単身でやることによって、「俺は一人でやっているんだぞ」という自信が出て来て、強くなることを再確認して、新たに決意することが出来る。

他の人が楽しんでいるような時にも、「俺はそんなお前らとは違う。俺一人で挑んでいるんだ」という強い気持ちになれる。
海外に行って一番良かったのは卓球が強くなれたことであり、自分の知らない世界を見れたこと。
そして、視野が非常に広がった。
海外に行ってみて自分はなんて狭い世界にいたんだろうと痛感した。
言葉を含め生活では苦労が多いが、それでも不自由な環境を経験することが精神面を強くする。

本当に強くなろうと思ったら、海外の強い選手と練習や試合をしたほうが自分のためになる。

パデル スペイン 所沢 東京 マドリード

約8か月ぶりにDuetに戻ってきました。

8か月前はこんなに早くまた戻ってこれるとは思っていませんでした。

改めて周りの関係者の方々に感謝です。

やっと時差も取れてきて、ここからさらにハードに追い込まれそうな感じです 笑

マキシのところに訪れるのはこれで三度目となりますが、三回目ともなるとさすがにいろいろと見えてくるものや思うことがあります。

一度目はパデルのパの字も分からない状態で行ったので、レボテが本当に出来ませんでした。

なのでボレー対レボテのラリーになるとミスのオンパレード。

ミスを減らそうとテニスのストロークのように返していると、「今のは壁だろ」「なんで壁を使わないんだ」という声が。

意識して壁を使おうとするとやはりミスが多くなる。

悔しかったのは、ジュニア選手の中に混ざって練習していたときあまりにも僕がレボテが出来ないので、一緒に練習していた中学生ぐらいの男の子が突然マキシに、「あの日本人と練習してもボールが返ってこないから全然面白くない」的なことを言ったのでしょう、そのあと隣のコートで練習していた女の子ばかりのクラスに移動させられました。

二回目に行ったときも、ベロをはじめ競技としてパデルをしている選手のボレーがまったく返せず、練習相手になっているときもペアを組んでいるときも、私がミスをすると露骨に「簡単にミスすんなよ顔」されます。

上の写真中央のフローレンのボレーは本当にえげつなく、「こんなのどうやって返すんだよ⁈本当にこんなのが返せるようになるのか⁈」と半ばあきらめの気持ちがよぎったのを覚えています。

ただ、こういった選手たちのボールをずっと受けていると、テニスのボレーのようなボレーを打ってくる選手のボールがとても簡単に感じるという恩恵があります。

環境に順応するというか、「当たり前」のレベルが高いというのは大きなことなんだなと改めて感じます。

逆もまた然りですが。

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そして今回面白かったのは、先ほどのジュニアやフローレンから「上手くなったね、一緒にやろう」と言われるようになったこと。

こういう現金なところ、嫌いじゃないです 笑

どう思っているかが分かりやすい。

全然平等じゃない感じ、個人的には好きです。

「俺、あいつとラリーしたい(したくない)」的な発言する人、少なくない。

よく海外に挑戦するサッカー選手が、「向こうの選手が自分のことを認めてくれるようになったらパスが回ってくるようになった」というようなセリフをよく耳にしますが、レベルは全然違いますがパデルでは「一緒に練習しよう」「一緒に組もう」と言われたら認められた証拠かなと思います。

パデルはダブルスしかありませんので、いくら自分が上手くなってもペアがそうでなければ負ける確率が高くなります。

ややもすると、「結局ペアでしょ?強い人と組めば簡単に勝てるんでしょ?」という気持ちになりがちで、半分は当たっていますが忘れてはいけないのは、その強い人も「勝つにはどの人とペアを組むのがよいか」と考えペアを選んでいるということ。

結局パデルは勝ちたいと思ったら強い選手と組むのがベストで、その選手がOKしてくれる、もしくは向こうから声を掛けてくれるような状態に自分の実力を上げていくことが、競技として向き合う場合の唯一かつ最善の道なのかなと思います。


明日開催されるトーナメントにウーゴという現役大学生のプレーヤーが声を掛けてくれたので、嫌な顔されないよう良いプレーしてきたいと思います。

以上手前味噌でした 笑

パデル コート 東京 コーチ

「リフレッシュのため」
「趣味として」
「競技として」
「余暇活動の一環」
「レクリエーションとして」
「生涯スポーツとして」


パデルに限らずあらゆるスポーツにはこのような様々な関わり方があります。

人それぞれ価値観が違うのでこの中に優劣はありません。

違うのは目的です。

調べてみると、

リフレッシュ・・
元気を回復すること。また、生き生きと蘇らせること。

趣味・・
専門としてでなく、楽しみとして愛好する事柄。

競技・・
技術や運動能力の優劣を互いに競うこと。

余暇活動・・
余った時間や仕事の合間などの自由に使える時間を使って活動すること。

レクリエーション・・
仕事や勉強の疲れを、休養や楽しみで回復すること。また、そのために行う休養や楽しみ。

生涯スポーツ・・
その生涯を通じて、健康の保持、増進等を目的にスポーツを行うこと。


目的が複数重ねっている方もいるでしょうし、「趣味以上競技未満」という方、そもそもそんなこと考えたこともないという方も多くいるかと思います。

私の場合は「競技スポーツ以上プロスポーツ未満」といったところでしょうか。

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さて、今回取り上げたいのは競技スポーツについて。

私たちはオリンピックやプロスポーツを観戦していて感動したり、勇気をもらえる瞬間がよくある。

これはレクリエーションとしてプレーしている人たちを見ていても起きない現象である。

競技スポーツの持つ目的としては、先ほど挙げた事項よりも「相手(チーム)に勝つこと」「自己の記録を上げていくこと」がメインとなる。

相手に勝ったり自己記録を更新していくには、簡単に言えば自分の実力を上げていく以外に方法はなく、相手に勝ったり記録を更新したとき、「実力が上がった」ということになる。

このとき選手は、努力をしたことで得た成果に喜びや幸福を感じることが出来る。

そしてもう一つ大きいのは自信を得ること。

その競技自体に自信を持てるようになることはもちろん、その他の物事に対しても自信を持つことが出来るようになる。

これらは目に見えないものであり、またお金で買えない感覚でもある。

カネで買えないものとは、愛と正義とスポーツ技術、といったところでしょうか。

逸れましたが、そういった競技としてそのスポーツに取り組んでいる人自身ももちろんですが、その選手の周りの指導者や練習仲間、プロレベルであればその選手を応援しているファンなども喜びや幸福、勇気や感動を与えてもらえる。

ある選手が「もっと強くなりたい」という気持ちを活力にし努力する、その選手を見た別の選手がそれに感化され動き出す、その選手の頑張りを見てまた別の人が他分野で努力を始める・・・

こんなプラスの連鎖が生まれる可能性を競技スポーツは秘めています。

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20代の頃、

「そんなに練習して上手になったからって、これからもうプロになれるわけじゃないんだからほどほどにしたら?」

というセリフを何度か言われたことがありますし、コーチに専念してからは生徒に、

「周りの知人に“そんなに週3回も4回もやったってプロになるわけじゃあるまいし、ちょっと落ち着いたら?”と言われ、なんか虚しくなってきちゃって。そんなにやっても意味ないですか?」

というセリフを何度も耳にしてきました。(もしこの人が本当にプロになることだけを目的にプレーしているのだとしたら、知人の言っていることは正しいのですが)

こういった類の発言をしてくる人が昔は大嫌いでした。

腹が立ちましたし、虚しさも感じていました。

それだけが目的じゃないと思いながらも返す言葉が見つからない。

でも今は先ほどのような相談に来る人に対しては、

「プロにはなれないかもしれないけど、努力をしなければ得ることが出来なかった喜びや幸せ、自信を得ることが出来るかもしれない。もし思うような結果が出なかったとしても、周りの人たちに勇気や感動を知らず知らずのうちに与えているかもしれない。人に影響を与えられるってすごいことだと思いますよ」

的なことを答えています。

お金で買えないもの、目に見えないものが手に入る、感じることが出来る。

これって素晴らしいことだと思いませんか。


もっと素晴らしくなるにはこの水晶玉を・・・笑

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