日本パデルアカデミー

テニスとスカッシュのハイブリットスポーツ、パデル。 パデルは40年ほど前にスペインで生まれたスポーツで、欧州や南米を中心に親しまれており、本場スペインではテニス人口を上回る競技人口をもつ人気スポーツとなっています。 「パデルが上手になりたい」という方のお役に立てれば幸いです。

カテゴリ: 私見

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練習には大きく分けて「目的のある練習」と「限界的練習」の二つがある。

ここでいう目的のある練習とは、「本来その人が持っている能力を最大限引き出そうとする」ことを指していて、限界的練習とは、「常に現在の能力をわずかに上回る課題に挑戦し続ける」練習のことを指している。

よく「人間は持っている才能の3%しか使っていない。5%使えたら天才になれる」などと言われる。

だから持っている能力を最大限引き出すという考え方になる。

これも間違いではないと思うが、究極的には100%引き出してしまったらそこで成長は止まる。

一方限界的練習は、常に現在の能力をわずかに上回ることを目的にしているので、理論的には終わりがない。


今読んでいる本の中に、

現在では能力の規定量などというものは存在しないことがわかっている。
脳には適応性がある。
潜在能力という水瓶は、我々が人生を通じて何をするかによって形が変わり、いくらでも容量を増やしていくことが出来る。
学習は自らの潜在能力を引き出す手段ではなく、むしろ新たに作り出す手段。

とある。

これが正しいとなると(と思いたい)、常に現在の能力をわずかに上回ろうと努力し続ければ、どこまでも成長出来、考えるだけでワクワクする。

が一方でこうも書いてある。

限界的練習は学習者のコンフォートゾーンの外側で、常に現在の能力をわずかに上回る課題に挑戦し続けることを求める。
このため限界に近い努力が求められ、一般的に楽しくはない。


コンフォートゾーンとは、その人にとって「居心地のいい領域」のこと。
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日本に帰ってきて約二週間が経った。

何度か練習をしたが、日本での練習を「楽しい」と感じている自分にふと気づき、驚いた。

意思の疎通が図れるなどの良い意味での楽しさももちろんあるが、ここでいう楽しいはそういう意味ではない。

スペインでも時折楽しいと感じる瞬間はあったが、基本的には楽しくなく、コートに行きたくないと感じることも何回かあった。

イチローの言葉の中に、

「楽しんでやれ」とよく言われますが、僕にはその意味がわかりません。
楽しむというのは決して笑顔で野球をやることではなくて充実感を持ってやることだと解釈してやってきました。
ここに辿りつくまでのことを「楽しんでやる」というような表現はとてもできません。

というのがありますが、全くもって同感です。

充実感や自分の成長を感じたいから、苦しいことやストレスのかかることもやろうと思える。
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昔から漠然と夢見ていた「世界」という世界、テニスの頃も含め間接的に接していた「世界レベル」というものに今回パデルを通して初めて直接触れることが出来、多くのスポーツ選手がなぜ世界を目指すのか、なぜ海外を拠点に練習したいのかがよく分かりました。

自分の限界を超すのが難しく、自分が(これ以上)成長しないかもしれないという恐怖を感じるからです。

とはいうものの、そんな容易に環境は変えられない。

日本にいながら「居心地の良くない状態」をどうにかして作ろうと思います。

もしそれがムリそうだったら、江田島平八に言って男塾に入塾させてもらうか、星一徹にお願いしてWPT養成ギプス作ってもらおうと思います。

パデル テニス スカッシュ クラウドファンディング
昨日はパデルワンでレッスン、パデル東京で練習&レッスンでした!

パデルワンではJPTチャレンジ大会優勝を目標に頑張っている方々のレッスン。

今年も試合に参加する新しい選手が増え、ダンロップジャパンパデルツアーさらに盛り上がりそうです。


レッスン終了後、ランチは瀧田盛りで有名?!なお店へ。

量もすごいですけど、何よりこういうお店を見つけ出す彼女の嗅覚がすごい(笑)


そしてパデル東京に移動ししばらく練習していると、どこからともなく鳥だ、飛行機だ、スーパーマンだ、の言い方で、

「アジアチャンピオンだ!」

の声が。

ふと横を見ると、小学生の男の子二人。

かなり照れましたが、何で知ってるの?と聞くと、「ふれあい祭りでマイクの人が言ってたじゃん!」と言われ、その後もじーっと練習しているところを見られ、このときふと、プロスポーツ選手がよく言う「子供のお手本になれるよう頑張ります」とか「子供たちに夢を与えたい」というセリフの意味がほんの、ほんの少しだけ理解出来ました。

今まではそういった選手たちのその言葉はメディア向けの常套句なんだと思っていましたが、あんな純粋な眼でアジアチャンピオンだなんて言われたら、自然とそれらしく在りたいと思いましたし、そのイメージを壊したくないと自然と思いました。

「勝つことにも責任が伴う」なんてまるで実感がなかったですが、こういったことが現実に身の回りに起きつつあることを考えると、意識しなければいけないなと感じています。

本当は「世界の盗塁王」こと福本豊のように、「そんなんもろたら立ちションできなくなる」といって国民栄誉賞を辞退するぐらいのワイルドさが欲しいところですが、そんな度胸はありません。


福本豊つながりでいうと、

アナウンサー「盗塁成功の秘訣はなんですか」
福本豊   「まず塁に出ることやね」

このやり取りが大好きです 笑

「パデルの秘訣は何ですか」
「まず相手コートに入れることやね」

いつか私もこのやり取りをしてみたい 笑


冗談はさておき、

恥ずかしいと感じることから進歩は始まる
地位が人を作り、環境が人を育てる

野村監督のこの言葉は今の私には言いえて妙です。


こんな日はこの曲が聴きたくなります。

パデル テニス スカッシュ 大井町 スポル
松岡修造さんはテニスには「楽しむテニス」と「世界を目指すテニス」の二種類があるとよくおっしゃっています。

楽しむテニスでは問われないけど、世界を目指すテニスでは問われることがあると言います。

先日の引退会見でイチロー選手は、

「18、19歳の頃は1軍に行ったり、2軍に行ったり。そういう状態でやっている野球は結構楽しかった。94年、仰木監督と出会って、レギュラーで初めて使っていただいて、この年まででした、楽しかったのは。その頃から急に番付を一気に上げられて、それはしんどかった。やはり力以上の評価をされるのは、とても苦しい。そこから純粋に楽しいということは、もちろんやりがいがあって、達成感を味わうこと、満足感を味わうことはたくさんあった。しかし、楽しいかというと、それとは違う」

と言っていました。

テニスや野球のようなメジャースポーツではない場合はどうか。

セパタクローという「先輩」の言葉です。

セパタクローは日本ではまだメジャースポーツとは言えませんが、東南アジアではメジャースポーツだそうで、パデルも日本ではまだまだですが、ヨーロッパや南米ではメジャースポーツ。

共通点がありそうです。

「日本代表になりたい……」セパタクローに転向「それぞれの理由」 日の丸を背負って見えた風景とは?

「試合の結果だけでなくそれまでのプロセスや、その試合で勝利する一瞬のために積み上げてきたものがあって、それを試合で表現することで、その姿にお客さんが共感したり自分を重ねて感動させられることができると思っています。(中略)トップクラスのプレーをし続けることが日本代表の役割だと思っています。見ていてすごいな、かっこいいなと思ってもらえるために良いプレーをし続けること。それだけではなく代表選手はそのスポーツ自体の普及のために自分たちで発信することを率先してやるべき立場だと思います。また競技のトップ選手になるので、プレーもさることながら人間としての立ち振る舞いも見られてくるので人としても成熟し、その姿も人に見せて行きたいと思います」
パデル テニス スカッシュ 大井町 スポル
プロセスも必要
結果が大事
良いプレーをすることは当たり前
普及のために自ら発信
成熟した人間であること


これらのことが「日本代表」には求められるとセパタクロー先輩は言っています。

こうなってくると「楽しむ」という次元ではなくなってくるように思います。

パデル女子日本代表監督の玉井さんも、「エンジョイパデルではよくても、日本代表のパデルではよくないことがある」とおっしゃっていました。


よく様々な競技の日本代表の選手が、

「今度の試合は楽しみたいと思います」

というような発言を会見等でしているのを耳にしたことがありますが、先ほど挙げた「プロセスも必要・結果が大事・良いプレーをすることは当たり前」を踏まえたうえで楽しむと言っているのですから、それまでに積み重ねてきているものが垣間見えます。

結果を出すことだけでいっぱいいっぱいになりそうなところで、楽しみたいと言える選手に私もいつかなりたい。


長くなりましたが、日本代表になるということは「失うものがあるから手に入れるものがある」ということです。

28年前のちょうど今日発売されたリンドバーグの名曲、GLORY DAYSの歌詞の意味がやっと分かりました。

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