日本パデルアカデミー

テニスとスカッシュのハイブリットスポーツ、パデル。 パデルは40年ほど前にスペインで生まれたスポーツで、欧州や南米を中心に親しまれており、本場スペインではテニス人口を上回る競技人口をもつ人気スポーツとなっています。 「パデルが上手になりたい」という方のお役に立てれば幸いです。

タグ:テニス

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ある方から薦められて手に取ってみましたが、とても心地良く読めました。

すらすら読めるということではなく、ジャンルや分野は違えど、頷きながら読める本と出会うのは大変楽しい。

考え方や物事の捉え方が自分と似ている本(著者)と出会うと、背中を押してくれるし勇気をもらえる。

その意味ではトニ・ナダルが書いた本を読んだときもかなり勇気をもらった。

そのような背中を押してくれる本と、自分の考えとは違う視点の本、どちらも読むことで今後もものの見方を広げていきたい。

それに加え、古い情報を常時アップデートしていかなければいけない。

だがその中には不変的ものも混ざっているので、そういったものまで誤ってアップデートしないようにも気をつけなければならない。


こんなことを考えていてふと思ったことがある。

よく「信じる者は救われる」というが、正確には「何を信じるかを決めた者は救われる」のではないか。

信じることの前に、何を信じるかを決めなければならない。

それが決まればあとは、

「それを信じてよかった」
「それを信じたから救われた」

と言える自分で在れるよう自分自身を作り上げていく。

楽しみがまた増えました。

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バンデッハを打つときにジャンプしたほうがいいのか、しないほうがいいのか。

よく聞かれる質問の一つですし、迷われている方も多いかと思います。

答えから言ってしまうと、「バンデッハを打つときはジャンプしないほうがいい」です。(今日はバンデッハの話ではありません)

ここでも、「でもプロの選手みんなジャンプしてるじゃん」と頭の中で思っている方も少なくないはずです。

では全く同じこのセリフを、世界ランキング16年連続1位のBelaが言っていたとしたらどうでしょう。

おそらく、「(やっぱり)そうなんだ!」となるはずです。

ということは、その人が積み上げてきたものの違いによって受け取り方が変わる。

アドバイスとしては全く同じものなのに、言う人が変わると捉えられ方も変わる。

これはスポーツの世界でなくともよく起こる出来事です。


テニス時代の話になりますが、IMGアカデミーで当時アガシやセレスの指導にあたっていたヘッドコーチの講習会に参加したことがあります。

片手バックハンドのテークバックの説明の際、「ん?」と思う箇所があり、なぜあのような形でテークバックしたほうがいいのですか?と講習後に聞いてみました。

するとそのコーチは一言、「そのほうが自然だからだ」と言い、ウィンクして会場を後にしていきました。

このとき、「№.1(選手やコーチ)になるとこんなに楽になるんだ」と衝撃を受けた記憶があります。

その後勉強していくにつれ、そのコーチの言う「自然」の意味が分かり、きちんと根拠があっての回答だったことが分かりました。(ただ、動作が“自然”だからといってそれが“適切”かどうかというのはまた別問題です。テニスやパデルは「ラケットを扱ってボールを打ち、決められた範囲にボールを打たなければいけない」スポーツだからです。動作的にそこまで効率的でなかったり、多少不自然であっても、それ以上に優先したほうがいいものがあるからです。ここは選手や指導者の考え方の違いでよく議論されるところです)
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先ほどのBelaのケースとは逆に、パデルを始めて間もないような人から「バンデッハを打つときはジャンプしないほうがいいんだよ」と教えられたらどうでしょう。

おそらく皆ムーディ勝山状態になることでしょう。

となると、自身の発言に耳を傾けてもらえるような指導者になるために残されている道は三つ。

誰もが納得するような戦績を自身で残す
誰もが納得するような戦績の選手を輩出する
選手やクライアントのあらゆる「なぜ」に答えられるように勉強する

このいずれかにならなければいけません。(サービス業の色合いが濃い指導者を目指す場合はこの限りではありません。むしろこれとは全く違う要素が求められます)

そして誰かの指導を受ける際は、このいずれかが当てはまる指導者を選べば間違いは少ないはずで、あとは長嶋監督や新庄選手のように感覚的なアドバイスか、野村監督やイチロー選手のように理論的なアドバイスを好むかどうかという問題だけです。


とここまで偉そうに書いてきましたが、私もまだまだ勉強しなければならないことばかりですし、また今まで知り得た知識も定期的にアップデートしないといけないと思っています。

サッカーの元フランス代表監督のロジェ・ルメールは、「学ぶことをやめたら教えることをやめなければならない」と言っていますし、相田みつをも「一生勉強 一生青春」と言っています。

一見きびしい言葉のようにも感じますが、死ぬまで勉強を続ければ指導の現場に立ち続けることが出来ますし、一生青春状態ということでもあります。

まだまだ青春は続きそうです。

Vamos a estudiar!

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長年生きていると、どんな人にも「未だに心に残る言葉」というのがいくつかあると思う。

そこまで大げさなものではなくても、何かのきっかけで思い出す言葉というのはいくつもあると思う。

パデルに関して言うと、私はふとしたときにMaxi(スペインでパデルを教わったコーチ)の言葉が頭の中を過る。

そのときはいまいちピンときていなかったことが、時間差で理解出来たり上手に出来るようになることがある。

あるいは、その当時も出来ていた、理解はしていたが、そのときのあの言葉にはさらに「奥」があることに気づいたりということが何回もある。

例えばバンデッハ。

「なぜパデルにおいてバンデッハが必要なのか」

これがしっかり腑に落ちている人がどれくらいいるだろうか。

スマッシュより攻撃性が落ちるうえに、打ちづらい。

頭の中のどこかに「ほんとにバンデッハって打ったほうがいいのかなー」、もしくは「打ち方これで合ってるのかなー」といった疑問がある人も少なくないかと思う。

まだ日本に入ってきて数年とはいえ、もはやパデルに関する情報はいやというほど溢れている。

実際のレッスンを受けずとも、バンデッハの打ち方はネットのあちこちに落ちている。

動画のお手本を真似して、そっくりに打てるよう練習していけばいつしかバンデッハが打てる日は来る。

だが、「バンデッハを(上手に)打つ」ということ自体は目標ではない。

パデルの「ゲームで相手を負かす」という目標のためにバンデッハを(良いフォームで)打つのだ。

と考えると自然と湧き出てくる疑問がある。

「なぜ(スマッシュやビボラではなく)バンデッハを打ったほうがいいのか」
「なぜバンデッハはあのフォームで打ったほうがいいのか」

これが分かって初めて、目的と手段が合致したと言える。

それが分からずバンデッハを上手に打てたとしても、それは「お箸とシチュー」「フォークと味噌汁」のような関係になってしまう。

いくらでもスマッシュでコート外に出せるプロの選手が、なぜあれだけバンデッハを多用するのか。

あれだけ反応も良く、ボレーも上手いプロの選手が、壁を利用して相手のバンデッハを返すのはなぜなのか。


こんなことを考えながらパデルを観たり練習したりしていたら、一休さんやあばれはっちゃくばりにふと閃いた。

と同時に、Maxiはこれが言いたかったのかととても合点がいった。

Maxiが言っていた、「ロブが上がってきたときのファーストチョイスはいつもバンデッハ」という言葉の意味がやっと分かった。

Gracias,Maxi.

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