日本パデルアカデミー

テニスとスカッシュのハイブリットスポーツ、パデル。 パデルは40年ほど前にスペインで生まれたスポーツで、欧州や南米を中心に親しまれており、本場スペインではテニス人口を上回る競技人口をもつ人気スポーツとなっています。 「パデルが上手になりたい」という方のお役に立てれば幸いです。

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パデル テニス スカッシュ クラウドファンディング
学びたい気持ちとカッコつけたい気持ちとが半々でポチりましたがちょっと後悔。

本の半分くらい数式ばかりで、ガッチャンばりに本食べてやろうかと思いましたが、そんな中でも学べることはいくつかありました。

ジノビリがなぜバウンドパスを多用していたか少しだけ理解出来ました。

チェストパスよりバウンドパスのほうが0.09秒速く味方にパス出来るらしいです。

今まで見ていたものの見方と、また違った視点で見れるというのはとてもおもしろい。

これからも本は食べずに頑張って読もうと思います。

タイトル通り本当に芸術だなぁと思います。

かっこいい。
#お家でパデル

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本を手に取るとき基本的には自分が読みたい本を手にしますが、たまには箸が進まない、自分の考えとは逆の視点の本も読むようにしています。

逆もまた真なりという言葉もありますし、もっと多くの視点でものを見れるようになっていきたい。

少し前に読んだ本にはリフレーミングと、巷で話題のカタカナで書いてありましたが要はそういうことです。

私は以前から「正しい努力」と「間違った努力」があると思っていますが、そこからもう一段掘り下げて考えるきっかけをもらった本でした。

この著者の本は3冊目ですが、いずれも面白いのでおすすめです。


努力には中毒性がある
正しい努力とはゴールが見えるルートをひたすら走っているようなもの。本来はそれは努力とは言わない。ただそこに向かっているだけ
努力や我慢をし過ぎると逸脱した行動をとりやすい
自己分析は広義の努力
自分の足が(勝手に)向いてしまっている方向と、自分が本当に行きたい方向が合っている人はすごく幸せ
素質がないのに努力するのは端的に言って愚かな行為
「自分にどんな適性があり、何が出来るかを見抜いたうえでの努力」であればいい


文中に「評価軸を変える」という箇所があり、これは以前為末大さんの本にも似たようなことが書いてあったのを思い出しました。

為末さんは400mハードルでオリンピックに出場されましたが、最初は100m走の選手だったそうです。

為末さんの目標は「オリンピックで金メダルを取る」ということだったのですが、どうやら競争が激しい100m走では並の選手になってしまうと感じ、400mハードルのほうがメダルが取れる可能性が高かったので転向したとありました。

本のタイトルは「諦める力」でしたが、今思えば、自分にどんな適性があるかしっかり自己分析するという“努力”をしたからこそのオリンピック出場であって、見方によってはまったく諦めていない。

また一つ点と点が繋がりました。


読後、今後は「努力をしない努力」ができるよう努力していきたいなと思いました(笑)

それとここ最近読んでいる本にことごとく“ミエリン”が出てくるので、気になってきました。

ちょっと調べてみようかな。(もちろんツイてるねノッてるねの人ではありません)

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「だってこれ(テニスのとき)1万時間くらい練習したもーん!」

このセリフは、先日パデル女子日本代表の選手の練習を見る機会があり、Bajada de paredの練習をしているときにある選手が言った言葉である。

ここでいう“これ”とは、Bajada de paredを打つときの動作の一部分のことで、この動作はテニスでは必要な動作だがパデル(レボテ)では不必要な動作のことで、テニス(のグラウンドストロークを打つ際)では無意識に出来るようになるまで9割以上の選手が目指す動作のことを指している。

グラウンドストロークが得意であった選手であればあるほど身体に染み付いている動作なため、パデルに転向後は意識的に修正し、パデルに適した新たな身体感覚を獲得していかなければならない。

先ほどの「だってこれ1万時間くらい・・・」というセリフを聞いたとき、彼女のキャラクターも相まって和やかな空気になったが、私はどことなく感心してしまった。

というのは、おそらくその彼女は誇張ではなく実際にそれぐらいの時間練習している可能性があると思ったからだ。

1万時間練習するのにどれぐらいの日数になるかというと、仮に1日2時間、1日もサボらずに毎日続けたとする。

そうすると約14年かかる。

これは小学校3年生(8歳)からテニスを始め、大学卒業するまでテニスをしていた人と同じくらいの年月である。

テニスが強かった選手でこういった経歴の選手は珍しくないので、そう非現実的な数字でもないように思う。

テニスとパデルは「違うスポーツ」だというのが私の認識だが、そうはいってもこの二つに共通項はいくつもある。

テニスで培った土台(基礎)すべてをそのままパデルの土台として置き換えることは出来ないが、テニス時代に1万時間費やした選手がパデルを始めた場合、そうでない人に比べたらパデルの土台もある程度しっかりしているというのは容易に想像が出来る。
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最近読んでいる本に面白いことが書いてあった。

以下に抜粋する。


音楽学校のバイオリニストたちを「最高」「より良い」「良い」にわけ、何がその違いを生み出しているか詳細なデータを取る研究が行われた。
違いがみられたものの一つに、一人での練習時間が「最高」「より良い」のグループは一週間平均で24時間だったが、「良い」のグループは9時間しか練習していなかったことが挙げられる。
「良い」と「最高」「より良い」の違いがなぜ生まれるかは分かった。
“練習の効果は累積で生まれる”と仮定すると、「最高」「より良い」と「良い」を分けるものは何なのか。
そこですべての被験者にバイオリンを始めてからこれまで、毎年一週間にどれだけ練習していたか、概算を出すよう求めた。
すると、18歳に達するまでに「最高」のグループは平均で7410時間練習しており、 「より良い」のグループは5301時間、「良い」のグループは3420時間練習したことが判明した。


もちろん、“努力すること”は必要条件であり、絶対条件ではない。(無駄な努力もあるからだ)

だが、正しい努力を積み重ねていった場合、その量が多いほうがより「最高」に近づける可能性が高いというのは言うまでもない。

となると、日本や日本人がスペインやアルゼンチンなどの「最高」に追いつくにはまだまだまだまだ時間はかかるが、着実に積み上げていくことで少しづつだが着実に近づいていけるのは間違いない。

科学的にも証明されつつある、「努力に勝る才能なし」を信じてこれからもコートに足を運びたいと思う。

Trabajo torabajo y torabajo.

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