日本パデルアカデミー

テニスとスカッシュのハイブリットスポーツ、パデル。 パデルは40年ほど前にスペインで生まれたスポーツで、欧州や南米を中心に親しまれており、本場スペインではテニス人口を上回る競技人口をもつ人気スポーツとなっています。 「パデルが上手になりたい」という方のお役に立てれば幸いです。

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パデル コーチ スクール テニス スペイン

4月限定企画としてパデル東京さんで開催させていただくことになりました。

パデル上達のためのエッセンスや考え方などをお伝え出来たらと思います。

日本全国のパデラーの皆様のご参加をお待ちしています。 

パデルコートレッスン コーチ

 以前テニスのインカレプレーヤーとパデルをしたと記事に書いたが、ふと思い出したことの中に意外とパデルでは重要かもしれないということを思い出したので書いてみる。

以前からパデルをしていて、「テニスのダブルスをしてるときと何かが違うんだよなー」と何か引っかかるものがあったのだが、この日インカレの彼らとプレーしていて分かったことがあったので幾つか挙げてみる。

一つ目は「ペアとのタッチ」である。

いつするか、という問題以外に、どちらの手でするか、手のひらを上にするか下にするか、自分からタッチしにいくか受けるか、どこにタッチするか、どれぐらいの強さでタッチするか、どんな声掛けをしながら行うかなど、そんな細かいことをと思うかもしれないが、ダブルスを比較的真剣にしてきた方なら理解してもらえると思うし、またパデルの教本の中の「ペアについて」の項目の中に、コミュニケーションの取り方について細かい記述があることからも、テニス同様パデルでも無視してはいけない部分だと私は思っている。

同じ人と何回も組んでいけばお互いのタイミングが分かるので気にならなくなると思うが、何回組んでもこれがなかなか噛み合わない人とはペアを組んでもおそらくうまくいかないように思う。

この逆で、初めて組んでもタッチの呼吸が合う人もいれば全く合わない人もいる。

この日一緒にプレーしたインカレプレーヤー二人とは初めてのプレーだったが、二人共タッチのタイミングといい、力強さといい、とても気持ちの良いものだった。

ダブルス競技というのはお互いにペアが良いプレーが出来るよう、良い意味で気を遣う。

おそらく彼らはそういったプレーとは直接関係ないところでペアを盛り上げる方法を、高いレベルに行くにつれ無意識的にしろ意識的にしろ出来るようになっていったのだと思う。

こんなことは普段あまり気にしないかもしれないが、このタッチがぴったりしっくり来る人がいたら、離さないほうがいいかもしれない。

ダブルスに真剣に取り組んでいた人がパデルに移行してきた場合、この点でもアドバンテージがあると言える。

パデル スクール コーチ 試合 padel

すでに日本に帰ってきてしまいましたが笑、引き続きスペイン修行シリーズです。


この写真を撮った頃の週は主にこのメンバーで練習してました。

メキシコ人、スペイン人、ベルギー人、アルゼンチン人、そして日本人の私。

国際色豊か過ぎです。

去年来たときも言われていたことですが、maxiにはことある毎に「DAI、 Intensity!」と言われます。

これは単に「そんなに優しく打たず、もっと強く打て!」というニュアンスもありますし、「プレー全体で醸し出す雰囲気をintensityにしなさい」というのも込められているようで、 これと似たような意味で「DAI、お前はコーチなのか選手なのかどっちだ?もし選手ならそのプレーではダメだ」とも言われました。

指導者としてプレーしてきた時間が、選手としてプレーしていた時間をだいぶ追い越してしまったので、「相手に合わせる」「受け身」「ちょうど良く加減する」といったプレーが無意識に染み付いていました。

というより正確には、スペインに来たことでこういったことに気づいたのですが。

「選手」としてボールを打つことと、「指導者」としてボールを打つことは、ボールに込める意図がかなり違います。 

身近な例で言うと、野球の「ピッチャー」が投げるボールと、「バッティングピッチャー」が投げるボールは明らかに意図が違います。

ピッチャーは打者を「抑えるため」に投げます。

ですがバッティングピッチャーは、「打者を気持ち良くさせるため」に投げます。 

これは良い悪いの問題ではなく、それぞれに求められるピッチングが違うということです。 

相手バッターにポンポン打たれてしまうピッチャー、自チームのバッターが調子を落としてしまうほど素晴らしいピッチングをするバッティングピッチャー、どちらもその立場で求められるものと違うピッチングですよね。
 
ケースバイケースですが、パデル(やテニス)の指導者に求められるのは、多くの場合選手(や生徒)が「ノッてくる」よう打つことです。

パデル選手に求められるのは、相手が「諦める」ようボールを打つことです。

これは真逆に近い技術で、技術的にもそんな簡単ではないのはもちろん、それよりも「気持ちの持ち様」が全く違うので、個人的にはこの気持ちの部分のほうが難しい。

テニスの世界で言うところの「殺し屋」の部分です。

テニスのチャンピオンの多くがこういった精神的要素が強くなるうえで欠かせない、と語っていますが、これはパデルでも同様だと思います。

マザー・テレサの再来と言われるほど本来優しい私には特に難しい 笑

かなり昔、「選手とコーチの二足の草鞋を履くのは大変だよ」と恩師に言われたことがあるのですが、その大変さのもう一つの意味が約20年振りに、しかもパデルを通して気づけ、改めてどちらにも感謝です。

もうしばらくはまた二足の草鞋を履きたいと思っているので、自分の中の殺し屋とマザー・テレサのスイッチを上手に切り替えていきたいと思います。

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